文=北條聡

打ち出の小槌を手放すケースもあり得る

 Jクラブは「モノづくり」の企業とは違う。親会社や株主の意向に沿い、早期の収益化に邁進するクラブは少なくない。そこでフロント陣がコストカットに乗り出し、一切のムダを省く。短期的な成功を収めるには、手っ取り早い方法なのかもしれない。

 では、何がムダなのか。実のところ、その判断が難しい。それとは気づかずに打ち出の小槌を手放す、あるいは縮小するケースもあり得る。Jリーグがアカデミーと呼ぶ育成組織は、その一つかもしれない。

 Jクラブの命綱はモノではなく、人だ。それが「夢」を売っている。しかも、モノとは違い、スペックは決まっていない。それこそ、無限の可能性がある。いまは名も知らない若者が数年後、クラブに大変な価値(カネ)をもたらすこともあり得るわけだ。

 もっとも、こうした考え方は「理想だが空論」と切り捨てられやすい。実現の見込みが薄いとなれば、そこへの投資はムダ――という結論に至る場合もあるだろう。だが、人を最大の商品とするクラブが「人づくり」への投資を惜しめば、どうなるのか。

 よそから、人を買う。補強がそうだ。もっとも、それには相応のカネが要る。競争もある。資金力やブランド力のあるクラブへ人は流れやすい。そもそも、人づくりへの投資を渋るほど資金の限られたクラブなら「買う」のも一苦労だ。

「成長物語」に喜びを見いだす人もいる

 この先、いつ資金繰りにあえぐ日がやってくるか分からない。そういう時代だ。クラブの存続(持続可能性)を考えれば、転ばぬ先の杖が必要だろう。育成組織が、その「杖」であってもいい。

 本田圭佑(ミラン=イタリア)を買う資金はなくても「5年後のホンダ」を発掘し、育てればいい。その格好の「生産工場」が育成組織――。人づくりの経営者の目には、そう映るかもしれない。

 すでに完成された商品(スター)を求める消費者ばかりでもない。まったく無名の若者が一流選手へと育ち、クラブをリーグ有数の強豪へ押し上げる――。そうした「成長物語」の一部始終を目撃することに喜び(価値)を見いだす人たちもいる。

 育成組織の意義は単に「プロ予備軍」というだけではない。クラブに深い愛着を持った潜在的なサポーターを育む場所でもあり、やがてスタッフの一員としてクラブに貢献したり、社会人として別の分野に進み、クラブのスポンサーになったりするケースもあり得るだろう。

 目に見えない形によるリターンの可能性を開くのか、閉じるのか。それも考え方ひとつだ。欲しいモノは何でも手に入るヨーロッパの金満クラブとは違う。中国勢のように国際レベルのタレントを「爆買い」できるほどの資金力もない。時間はかかるが、知恵を絞り、錬金術を磨くことが、国際競争力を高める近道だろう。

 ところが、錬金術師(人づくりのプロ)が求められるポジションに現役上がりの「若手」が配属されがちだ。もちろん、指導者としての経験は浅い。クラブ内における育成組織の位置づけが透けて見える。

 あるJ1クラブの監督は、育成組織に関わるスタッフの待遇面の悪さを指摘する。意欲も誇りも、目的意識も持ちにくい中、どうして人が育つのか――と。現実には人づくりのプロを育てる環境づくりが先かもしれない。近年、代表レベルでも、クラブレベルでも大きな成功を収めているドイツやスペインは、この分野(人材育成)におけるトップランナーでもあるわけだ。

 人材育成の投資をためらえば、ヨーロッパのサッカー先進国(大国)との差は広がる一方だ。人づくりの環境を改善することはJクラブにとって重要な成長戦略の一つ。最大の資源は人なり――である。


北條聡

1968年、栃木県生まれ。早稲田大学卒業後、Jリーグが開幕した1993年に『週刊サッカーマガジン』編集部に配属。日本代表担当、『ワールドサッカーマガジン』編集長などを経て、2009年から2013年10月まで週刊サッカーマガジン編集長を務めた。現在はフリーとして活躍。