文=神津伸子

アスリートと企業のマッチングを行う“アスナビ”

 2010年に日本オリンピック委員会(JOC)がスタートさせた“アスナビ”というプロジェクトをご存知だろうか。

 当時、日本国内の経済状況の悪化と共に、多くの企業スポーツ、いわゆる実業団チームが休廃部に追い込まれてしまっていった。そのような環境下で始まったアスナビは、オリンピック・パラリンピックを目指す選手たちが競技に集中して安定した生活を送るために、JOCが仲介役となって様々な企業にトップアスリートの採用を呼び掛ける就職支援の取り組みだ。不定期に、経済同友会向けなどに向けて説明会が開かれ、エントリー選手のプレゼンテーションもある。


 今月1日現在、アスナビで選手を採用した企業・団体は101、採用されたアスリートは145人にのぼる(来月1日入社も含む)。企業側からも「社内一丸となって選手を応援できて職場が活気づく」などと好評を博しているという。

リンクの外でも“圧勝”しているスマイルジャパン

©Getty Images

 一例を揚げてみよう。
先月上旬に開催された北海道・苫小牧での第23回オリンピック冬季競技大会女子アイスホッケー最終予選を全勝で突破し、日本勢として韓国・平昌五輪出場第1号の名乗りを上げた日本代表、通称スマイルジャパン。引き続き札幌で開催された冬季アジア大会でも、今まで一度も勝てなかったアジアの強国カザフスタンにも完勝し、初のアジアチャンピオンにもなった。
1年後に開催される平昌五輪に向けて、素晴らしいスタートを切ったことは記憶に新しい。

 
その連戦の会場となった苫小牧・札幌のリンクには、太陽生命保険、トヨタ自動車北海道、ダイナックス、市進ホールディングスなどの社員が大挙押しかけ、日の丸を手に自社の社員である選手を中心に大声援を送っていた。試合後、選手たちはきちんと会社の仲間たちの前まで滑り寄り、挨拶を交わす。実に爽やかな風景が展開されていた。



 スマイルジャパンが強いのは、氷上だけではない。実はアスリートの就活の場においても、内定者の数は他の競技をしのぐ堂々の“勝ちっぷり”なのだ。

 16人という採用数は、他の競技の追随を許さない。さらに現在、鈴木世奈選手がエントリー中。彼女は現在、カナダ・オンタリオ州に活動の拠点を移しており、帰国後の9月入社を希望している。女子アイスホッケーに続くのは陸上競技の14人、水泳の10人だが、男女合算の数字という点を踏まえると、スマイルジャパンの充実ぶりがうかがえる。



 さらに注目してもらいたいのは、彼女たちの入社年月日だ。初めて予選を突破して出場したソチ五輪出場を決めたのは2013年だった。大きな試合で高めた知名度を活かし、続々内定を決めたわけだ。それ以前の彼女たちの仕事事情は“ピザ屋の宅配”が代名詞になるほど、アルバイトばかりで安定した競技生活は望むべくもなかった。


 女子アイスホッケー選手が多く採用される理由を、JOC強化部の鶴田政隆氏は以下のように分析する。


1、団体競技であるがゆえのチームワークを重んじる精神を持つ人材は、企業側にとって採用後に会社内でも役立つ。
2、団体競技であるために、企業として応援しやすい。

3、練習が遅い時間帯に行われることが多く、業務をある程度こなすことができる。

アスリートと企業にWin-Winの関係を築く

「他社の状況を見たくて覗きに行った説明会で、運命的な出会いをしてしまった」
と話すのは、スマイルジャパンのエース久保選手を採用した太陽生命保険。同社は女子アイスホッケーや女子7人制ラグビーも支援する、女子スポーツの強い味方だ。前主将の平野選手を採用したローソンは「チーム競技と個人競技の選手、1名ずつ採用したかった」と理由は様々だが、企業側が社会人としてのアスリートのポテンシャルに魅力を感じていることは確かだ。

 JOC関係者は「アスリートと企業にWin-Winの関係を築くことを目的としています」と語り、今後の取り組みに意欲を燃やしている。
さらに多くの企業担当者やアスリートたちにアスナビを知ってもらい、活用してもらうことで、日本のスポーツ界の環境が底上げされるに違いない。

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神津伸子

ジャーナリスト。慶應義塾大学文学部卒業。シャープ(株)東京広報室を経て、産経新聞入社。社会部、文化部取材記者として活動。カナダ・トロントに移り住み、フリーランスとして独立。帰国後の著書に『命のアサガオ 永遠に』(晶文社)『氷上の闘う女神たち 女子アイスホッケー日本代表の軌跡』(双葉社)。『もうひとつの僕の生きる道』(角川書店)企画・編集。AERA『女子アイスホッケー・スマイルJAPAN』『SAYONARA国立競技場』など執筆多数。