ぽっちゃりだった少年が憧れを抱いた名カーラー、ランディ・ファービー

「野茂英雄さんに憧れていて、ポジションはファーストだったくせにトルネード投法を真似してましたよ」

日本代表・SC軽井沢クラブのスキップ、両角友佑(もろずみ・ゆうすけ)は幼少時代をそう振り返る。野球少年で体格は少しぽっちゃりだったそうだ。

「お菓子ばっかり食べて、ゲームばっかりしていたからかもしれません。小学校の時に発売されたスーファミ(スーパーファミコン)がスタートで、プレステ(プレイステーション)、Xbox、NINTENDO64はコースケの方がやってたな。おじいちゃんおばあちゃんが甘いから買ってもらいましたね。苦労しない子たちでした」

コースケとは3歳下の弟でリードの両角公佑だ。二人は1998年の長野オリンピックをカーリング競技の会場であったスカップ軽井沢(現在は室内プール)で、共に観戦している。

「カーリング自体のことは何にも知らなかったけど、オリンピックって多くの人が見るんだなあというぼんやりとした記憶だけはあります」とは公佑の弁だ。

兄・友佑は翌年、野球部を辞めて現チームの前身であるAXE(アックス)を立ち上げる。弟も追うように小学6年生からアイスに乗り始め、卒業文集に「カーリングで五輪出場」と書いた。

「よく覚えていないですけど、カーリングを続ければ次は遠征で北海道に行ける。勝ったら世界ジュニアでカナダに飛べる。そういう、どっか遠くに行けるもの。僕にとってカーリングはそんな感じでした」(公佑)

友佑は中学に入っても高校に進んでも痩せなかったらしい。

「一時期、100kgを超えてたんじゃないかな。痩せたりを繰り返していたけれど、カーリングはずっとできていたので。ランディ・ファービーっていう選手がカナダにいたんですよ。ブライアーを6回、世界も4回くらい取っているはずです。あの人も太っていたけど強かった。カッコ良かったですね」

Randy Ferbey。アルバータ州出身のカーリング史に残る、丸っこいフォルムと口髭がトレードマークの名スキップだった。ブライアーとはカナダ選手権のことで、「五輪の金メダルより取るのが難しい」とされているカーラー最高峰の名誉のひとつだ。

ぽっちゃりの親近感もさることながら、友佑がより強く受けたのは攻めるカーリングへの薫陶だった。

「本当に衝撃的でしたね。大差で勝ってるのに、あんなにうまいのに、まだ攻める。普通、リスクを減らしていく場面でも仕掛けていく。ああいう作戦を執ってみたい。同時に、ああいうカーリングじゃないと世界では勝てないのかな、とは思いました」

SC軽井沢クラブとして再始動 苦しい時期にも決して譲らなかった攻めのスタイル

(左)両角公佑、(中)両角友佑、(右)山口剛史/(C)Kyodo News/Getty Images

2005年に当時大学生だった山口剛史が加入し、AXEはSC軽井沢クラブとしてあらためて始動する。2006年に公佑がジュニアのチームから合流し、2007年には清水徹郎も加わる。現在のメンバーがそろうと、日本選手権では2007年から3連覇を果たした。

しかし、2009年に初出場した世界選手権は10位で終わる。それから3シーズンはアジアでも勝てず、世界の舞台に立てなかった。さらに2010年からは3シーズン連続で、日本選手権では準優勝に甘んじる。

清水徹郎は言う。

「チームとして一番、苦しい時期があったとしたらあの数年ですね。何をしたら勝てるのか見失っていたかもしれない」

安定して勝つためにはリスクを減らすしかない、時には守勢に回るのも止むを得ないのではないか。そうアドバイスをしてくれた人も少なくなかった。強い言葉でチームの方針変更を求められたこともあるという。

チームメイトの山口ですら、友佑の攻撃的なカーリングに猜疑心を抱いたことがあると教えてくれた。

「こいつは何でそこまでして攻めるんだ? どうしてそんな難しいショットばかり求めるんだ? 言葉は悪いけれど頭がおかしいんじゃないか? そこまで考えたこともあるし、どうせ決まらないだろうな、そう思って投げてた時期もあった」

それでも友佑は譲らなかった。

「国内には、いかにリスクを回避するかと考える人が多いんです。もちろん、それを否定するわけではないんですけど、僕らの戦術は主流ではなかったことは確かです。リスクはあるのは分かっています。でも、リスクの先には絶対に大きなメリットが埋まっている」

ランディ・ファービーに憧れた一番の理由は、そのカーリングは何よりも「観ていて楽しい」ことだった。

「ファービーだけではないんですけど、カナダで触れたカーリングはどれも単純に面白いんですよ。劣勢でも、ドーンと逆転するようなゲームがたくさんあって」

観ていて楽しい攻めるカーリングを迷わずに貫いた。苦しいシーズンは助走となり、2013年には再び日本王者の座に返り咲き、それから前人未到の5連覇を達成する。世界選手権も2014年に3度目の挑戦で5位に入賞すると、翌2015年は6位。2016年大会はとうとう、日本の男子カーリング界として初のクオリファイ(プレーオフ進出)を決めるなど、世界でも中位のポジションを手繰り寄せた。

「やはりショットが決まるようになって結果が出てくると、両角(友佑)のいやらしい作戦の本質が分かってくる。それから一気に伸びた部分はあると思います」

そう言うのは山口だ。公佑も同調する。

「勝てない時期もありましたし、苦しいシーズンもあった。でも、あの人がこのチームのスタイルをつくったのは間違いないです」

攻めるカーリングで世界へ。それが、ファンが今、SC軽井沢クラブに寄せる期待だ。

たどり着いた五輪の舞台にも変わらぬスタイルで臨む

(C)The Asahi Shimbun/Getty Images

昨秋のカナダ遠征での取材中、「小さい頃、長野五輪を観たとき自分がそこに立つことを想像できたか?」、そう友佑に質問すると、笑顔できっぱりと「まったく」と即答した。

他の記者が「ぽっちゃりしていた野球小僧、過去の自分に何かメッセージを」、そう促す。

「うーん、おまえはけっこう恵まれているから大丈夫、ですかね。あとは、運動神経がなくてもカーリングはできるよ、ですね。あ、でもその他のカーラーに怒られるかもしれないので、正確には『スキップならできるよ』ですね」

ぽっちゃり野球小僧はグラウンドからアイスに移り、ボールを石に持ち替えた。憧れの野茂英雄のような野球選手にはなれなかったが、世界最大級の祭典に出場することになった。

そして五輪を決め、昨夏にはなんと東京ドームに招かれて巨人戦の始球式を務めることになった。

「野球をやめてカーリングを続けていて、憧れの東京ドームのマウンドに立てるなんて、人生って面白いっすね」

現在の両角友佑は177cmで76kg。ぽっちゃり少年だったことが想像できない痩身のスタイルを保っている。甘いものと日本酒が好きで、よく笑う陽気な33歳だ。趣味は漫画を読むこと。一番、好きな漫画は『名探偵コナン』。記者からの質問には基本的にはなんでも答えてくれるが、時々、感情や本音を隠すこともある不言実行タイプだ。

今シーズンの頭に「世界で、てっぺん獲れる?」と聞いた時は「うーん」とひと唸りした後、「カナダのね、大会の映像とか観ることがあるんですよ。でも、そのたびに『こいつら、やべえな。俺たち本当に(実力的に)近づいているのかな』って正直、思う」と率直に話してくれた。

半年が経ち、質問を韓国出発前にぶつけてみた。「てっぺん獲れる?」

「それを言うのは山口の担当なので。僕はいつもどおりですよ。まあ、初めてなのでどう転ぶかは分からないっすね」

相変わらず飄々と熱を隠す。それでも「攻めてこいよ」と伝えると、「そうっすね。楽しんできます」と笑顔で手を振り、日本を離れた。憧れの太っちょカーラー、ファービーのように攻めて攻めて仕掛けて仕掛けて、その先にメダルは待っているだろうか。最大の挑戦が始まろうとしている。

<了>

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竹田聡一郎

1979年神奈川県出身。フリーランスライター。著書に『BBB ビーサン!! 15万円ぽっちワールドフットボール観戦旅』『日々是蹴球』(講談社)がある。カーリング09年から取材を始め、Yahoo!ニュース個人で「曲がれ、ストーン!」を連載中。https://news.yahoo.co.jp/byline/takedasoichiro/