文=日比野恭三
長時間勤務が常態化した先生たちの労働環境
昨年から、全国津々浦々の高校を訪れ、強豪とされる部活動を取材している。
そこには例外なく、部活が人生そのものであると言ってもいいほどの情熱を注ぐ顧問や監督がいる。部員もまた、その学校のその部活に青春を捧げることを自ら望み、時には実家から遠く離れた土地まで単身やってくる。取材先は日本一の経験があるところばかりだから、練習は厳しくてきついのが当たり前。そして、乗り越えた辛さの分だけ、勝った時の喜びは大きい。
しかし、そんな幸福な物語を紡いでいるチームがある一方で、昨今、部活は社会問題としてクローズアップされることが増えてきている。その暗部を強調する「ブラック部活」という表現を見聞きする機会はたしかに増えた。
体罰や過剰な練習の強要、パワハラ的言動など、生徒が“被害者”となるような問題もあるのだが、社会システムに組み込まれた、より根の深い構造的な問題となっているのが、顧問を担当する先生たちの“多忙すぎる毎日”である。
まずは、いくつかのデータを紹介したい。
◆教員の月間平均残業時間は約42時間。1966年からの40年間で5倍超に増加。
◆中学校教員のうち部活動の顧問を担当しているのは92.4%。運動部に限ると70.9%。※文部科学省「教員勤務実態調査」(2006年・公立小中学校対象)より
◆名古屋市の新任教員25名の月平均残業時間(2015年度)が90時間に。過労死ラインの月平均80時間を超過。※大橋基博氏(名古屋造形大学教授)と中村茂喜氏(元名古屋市立中学校教員)両氏が専門誌『季刊教育法』に発表
◆日本の中学校教員の平均勤務時間(1週間あたり)は53.9時間。調査参加国平均38.3時間の1.4倍。
◆また、課外活動指導時間(1週間あたり)は7.7時間。調査参加国平均2.1時間の3.7倍。※経済協力開発機構「国際教員指導環境調査」(2014年発表)より
◆公立小中学校教員の1日の仕事時間は11時間超。約9割が「授業の準備をする時間が足りない」と回答。※HATOプロジェクト「教員の仕事と意識に関する調査」(2016年2月発表)より
これらのデータは、長時間勤務が常態化した先生たちの労働環境を如実に物語っている。およそ半数の教員が「やったことのない競技」の顧問に就いていることも負担増大に拍車をかけているという。特に、事実上の「全員顧問制度」が浸透してしまっている中学校で、そうした傾向が顕著なようだ。
自分の意見をはっきり言えないサイレント・マジョリティ
これだけの働きぶりが報酬につながっていないのも問題視されている。
そもそも、教員には原則として“残業代”がつかない。その代わり、「教職調整額」との名目で基本給に4%が上乗せされて支払われることになっている。これは、「教員の勤務状況調査(1966年度)による超過勤務手当相当分」が根拠となっているようだが、すでに紹介したとおり、当時に比べて残業時間は5倍超に増えているとの調査結果が出ており、「4%」の正当性はもはや失われていると言わざるを得ない。
文科省は昨年7月、休日の部活動(4時間以上の従事)に対する手当を現行の3000円から3600円に引き上げる方針を固めたが、わずか600円の増額という“雀の涙”に、「それでは何の解決にもならない」と批判の声が殺到する始末だった。
調べれば調べるほど先生たちの厳しい日常が浮き彫りになってくるのだが、不平不満を表には一切見せない“サイレント・マジョリティ”化しているとも言われる。「自分の意見をはっきりと言いなさい」と胸を張って教えるべき先生方が、組織の中で生きていくためにあらゆるものを飲み込んで毎日を過ごしている――そんなことを思うと、何とも言えないやりきれなさに襲われる。
この4月から、外部の人材が生徒の指導や引率をできる「部活動指導員」が制度化され、教員の業務負担軽減につながることが期待されている。
もちろんそうした取り組みも大切だが、ブラックをホワイトに塗り替えるには、先生の働き方という視点も含め、「部活とはいったい何なのか」「現代にふさわしい部活のあり方とはどういうものなのか」を根本から見つめ直す必要があるのではないだろうか。
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