雪崩で山岳部の高校生ら8人が死亡

今年3月下旬のこと、栃木県のスキー場付近において「雪崩で高校生ら8人死亡」(3/28『東京新聞』)という重大事故が発生した。栃木県高校体育連盟が2泊3日の日程で開催した「春山安全登山講習会」で、講習会に参加していた山岳部の生徒らが、雪をかき分けながら歩く「ラッセル」の訓練中に雪崩に遭い、帰らぬ人となったのである。
 
じつはこの亡くなった「高校生ら8人」の中に、山岳部顧問で29歳の新任教師であるA先生が含まれていた。山岳部の生徒らを率いるなかで、みずからも雪崩に巻き込まれ命を落とした。そしてA先生は、山岳部は未経験であり、雪山登山などまったくの素人であった。
 
通常、部活動で生徒が事故死すれば、まずもって顧問の責任が問われることになる。だが、責任ある顧問団の一人とはいえ、亡くなったA先生が「素人」であった点に、しっかりと目を向けなければならない。部活動中の事故の責任は、誰にあるのか。この問いに、部活動の「制度設計」の面から迫っていきたい。

「なぜ廊下を走るの?」中学生の訴え

ネット上にある小中高生向けの相談窓口に、中学2年生の女子生徒が「なぜ廊下を走るの?」というタイトルで質問を投稿した。

<私は中学2年生で、吹奏楽部です。

体力をつけるために、練習メニューに、ランニングがあります。晴れているときは学校の周りを走り、雨のときは校舎のなかで廊下を走ります。

でも、廊下は私たちだけのものではありません。放課後とはいっても、みんな学校にいるから、先生も生徒も廊下を歩いています。

私たちって、すごい邪魔ですよね? 私は、正直、走りたくありません。
みなさんは、廊下を走っている部活のことを、どう思いますか?>

部活動のトレーニングで、廊下を走る。「部活あるある」だ。だが上記の中学生が言うとおり、放課後であっても、廊下を人が歩いている。廊下の角や教室のなかから出てきた人に、勢いよく衝突してしまうかもしれない。そして実際に、学校で先生たちが「廊下を走るな」と言ってきたのは、まずは事故防止のためではなかったか。

図 「グレーゾーン」にある部活動 (出典:内田良『ブラック部活動:子どもと先生の苦しみに向き合う』)

制度設計なき部活動

事故が起きるリスクが高いにもかかわらず、いったいなぜ、部活動で生徒は廊下を走るのか。その答えは、「部活動はグレーゾーンだから」である。

つまり、部活動は広くは学校教育の範疇に入るけれども、正規に教えるべきものとして定められているわけではない(いわゆる「教育課程外」である)ということである。


これは、正規の教育内容である「授業」と比較すると、はっきりと理解できる。授業の時間帯には、グラウンドや体育館では、校内のごく限られたクラスがその場を割り当てられて活動をする。他のクラスは、教室や特別教室(音楽室や理科室)で授業を受ける。それぞれのクラスが入り乱れるということはない。学校という施設は、各授業が滞りなく運営されるように設計されている。

ところが部活動は授業とは異なり、正規の教育内容として事細かに制度設計がなされているわけではない。各部活動が支障なく伸び伸びと活動できるような学校空間は、用意されていない。だから部活動の時間帯になった途端に、グラウンド・体育館などが生徒でいっぱいになってしまい、廊下がトレーニングの場に変わってしまうのだ。

図 運動部顧問における競技経験の有無(日本体育協会調査)(出典:内田良『ブラック部活動:子どもと先生の苦しみに向き合う』)

顧問は素人

さて部活動顧問の立場に関心を移そう。顧問は連日多くの時間を部活動に費やしながらも、じつはその競技種目の初心者であることが多い。日本体育協会の運動部活動に関する調査においても、中学校と高校いずれも約半数の顧問はその競技種目が未経験である。

そもそも大学で教員免許を取得する際に、部活動の指導方法を学ぶ授業は、基本的には一つも用意されていない。なぜなら部活動は正規の教育内容ではないためである。こうして、部活動指導の方法を専門的に学ぶことがないまま、素人として日々の指導に当たっている。

国語の授業で、国語の素人が授業をすることはない。それは、正規の教育内容としてちゃんと制度設計ができていて、中学校や高校では、国語科の教員免許をもつ教師が国語を教えているからである。

だが、部活動はそこがゆるゆるだ。素人が何の経験も知識もないままに、部活動を指導することになる。

顧問不在の指導

生徒が練習をしているときに、顧問がそばにいないというのも、部活動の制度設計ができていないことに起因する。

国語の授業のときに、教師が不在になるということは起きない。だが部活動の時間帯では、教師はしばしばその場を離れることがある。部活動に教師がずっと付いていられるようには、人員の配置も時間の配分もなされていない。

これはちょうど、生徒が部活動の練習として、廊下を走るのと同じ構図である。学校という施設には十分なキャパシティがないために、廊下に生徒があふれ出るのである。

そしてここで、教師が場を離れたときに生徒が何らかの事故に遭えば、当然ながら教師には不在であったことの道義的責任が問われる。ときにそれは民事訴訟にまで発展する。

明確な制度設計を欠いたまま、すなわち運営上のリスク管理体制を欠いたまま、教師はしばしば素人ながらに、やむなく部活動指導に従事する。そこで部活動の場を離れた際に事故が起きれば、教師の責任が問われる。これはいったい誰得のシステムなのだろうか。

「教員採用試験に受からなければよかった」

冒頭で言及した山岳部の事故に戻ろう。

報道によると、A先生は小学校の頃からずっと剣道を続けてきたものの、登山に関してはまったくの初心者であった。3回目の教員採用試験で念願の合格を果たし、2016年度から正規採用になったばかりで、剣道部の第二顧問と、山岳部の第三顧問を担当していた。

第三顧問というと名前だけを当てて実際の活動にはほとんどかかわらないことも多い。だが、A先生は雪山という本格的で危険をともなう場所での実習に参加し、そこで雪崩に巻き込まれた。実際のところは、生徒を引率はしているけれども、ある意味生徒よりも経験がなかったかもしれない。

事故発生から約一ヶ月後、A先生の父親は、息子が山岳部顧問を引き受けたことについて、「『山岳部は自分に合わない』と漏らしていた。『Aは真面目で優しいから断れなかったんだと思う』」と振り返った。

そして母親は涙ながらにこう訴えたという――「教員採用試験に受からなければよかった。試験の勉強で苦しんでいる方がましだった」(『産経新聞』東京朝刊2017年4月27日)。

部活動とは、いったい何だったのか。今日の、制度設計なき部活動運営は、あまりにリスクが高すぎる。巨視的な目線から、部活動のあり方を検討していく必要がある。

<内田良氏 プロフィール>
名古屋大学大学院教育発達科学研究科、准教授。博士(教育学、名古屋大学)。『教育という病―子どもと先生を苦しめる「教育リスク」』(光文社刊)、『柔道事故』(河出書房新社刊)等、教育現場におけるリスク管理をテーマにした著書を数多く刊行する。最新刊は『ブラック部活動』(東洋館出版社刊)。

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