前編はこちら

文=池田純

オールスター、スーパーボウルとは異なる演出

©VICTORY

 18時まであと数分となったところで、オープニングセレモニーが始まる。レフト後方からプエルトリコチームが国旗と共に入場してきた。スタンドに多数いるプエルトリカンはラテンのノリで大いに盛り上がる。アメリカチームも入場。グラウンドに両チームが整列する。両国のナショナルアンセム(国歌)が流れる。プエルトリコ、アメリカの順番。アメリカの国歌が鳴り終わると共に、盛大に花火が打ち上がる。オールスターゲームやスーパーボウルのように、戦闘機が飛んでくるかと期待したが、何も飛んでは来なかった。軍事大国アメリカの“お決まり”が今回はないようだ。

 球場を見渡すと、フェンスにWBC用のラッピングがしてあり、日本の広告が目立つ。NIPPON EXPRESS(日本通運)、NOMURA(野村證券)、そしてGungHo(ガンホー)。2回のイニング間には、パズドラのCMがスタジアム内に流れていた。

 今日もアメリカの4番は、ノーラン・アレナドだ。今大会、全く当たっていない。バックボードには「.111」の打率表記。チャンスで打順が回ってくるが、周りからは「Do something, Arenado !?(何かやってくれよ、アレナド)」のヤジが飛んでいる。決勝の舞台でも、全く当たっていない4番を未だに使い続ける。ふと耳にした話だが、どうやら「契約」らしい。WBCにすべてを賭けて、打順や選手を入れ替えるのではなく、当たっていなくても、4番に使い続けなくてはならないようだ。案の定、プエルトリコのピッチャーにタイミングを外され、ボールが前に飛ばないどころか、三振に切って取られる。2打席連続、全く当たる気配もない。

アメリカにおけるWBCのコンテンツとしての価値

©VICTORY

 話は変わるが、今回のWBCは、日本、韓国、メキシコ、アメリカのスタジアムで行われた。アメリカチームは、マイアミからサンディエゴ、そしてロスのスタジアムで戦ってきた。日本は、リーグ開幕間近の3月後半に、日本からアメリカに飛んだ。自国内ですべてを完結しているアメリカチームに比べると、不利な移動が伴った。WBC決勝は、一方的な展開で、アメリカチームが勝利した。

 私は、スポーツバー的な場所が気になって、5回でスタジアムを抜け出し、スタジアム近くのテレビを数台配したレストランに入ってみた。というのも、スポーツバーやレストランなどのテレビ画面で何が流されていて、それをどう酒のつまみにしているかで、その国や地域で、今、何のスポーツが注目されているかを把握することができるからだ。

 レストランのテレビでは、ちゃんとWBCが流されていた。ホッとした。

 しかし、誰もその画面を見ていなかった。試合など気にもかけずに食事と会話に熱中している人がすべてだった。もちろん野球が大好きな人は、スタジアムに行ったり、家でWBCに熱中していたのかもしれない。しかし、WBCは、野球大国、野球先進国であるアメリカにおいては、ライト層へのマーケティングやライト層を取り込むための仕掛けが一切なされていないように感じた。そこまでするコンテンツとしての価値がないと判断されているように感じた。

WBCがさらに発展するためには

©VICTORY

 この記事を書いている今、私はこれからダルビッシュ有選手のインタビューのために、アリゾナへ向かう道中である。日本に帰国してからは、今度はセ・パ両リーグの開幕でプロ野球は盛り上がるだろうが、今回も、WBCでの盛り上がりはある種のブームとして、すぐに過去の記憶として忘れられてしまうであろう。

 今回のWBCは、日本では最高に盛り上がった。ただ、残念ながら、出場している選手は別として、アメリカは本気でこの大会を戦っていないと感じるし、よって、国としては相応の盛り上がりにとどまってしまっている。ならば、「WBCは日本で決勝をやればいいのではないだろうか?」とすら私は考えてしまう。もちろん、様々な事情があることは、ベイスターズの社長をやっていただけに、さすがに知っている。ただ、アメリカの野球、MLBの最高峰はあくまでもワールドシリーズだ。“ワールド”シリーズ。それがアメリカにとっての、アメリカの野球にとっての最高峰。

 決勝ラウンド直前の強化試合で、侍ジャパンが、カブス(シカゴ)と練習試合をやると聞いた時には、私の気持ちは高揚した。もしも、ワールドシリーズやその延長線上で日本のプロ野球のチームが戦えることがあるのなら、間違いなく、大きな高揚感を感じるだろう。もしもの話、ではあるが。

 一方で、WBCはどうか。メジャーの超一線級との戦い、本物の国際大会、サッカーでいうところのワールドカップ。それは間違いなく見てみたい。ただ、今回だって日本では十分に盛り上がった。バレンティンも出ていた。デスパイネも出ていた。NPBで活躍している選手たちも活躍した。もし、今回、日本が決勝に出ていたら……。アメリカが日本に来て、日本でアメリカとの戦いが観られたら……。

 今は、WBCはアメリカのものだ。アメリカ抜き、の国際大会は盛り上がらないかもしれない。次回のWBCは未定だとも聞く。それはアメリカが主導権を持っているからだ。

 日本とアメリカのWBCに対するギャップ。この大きなギャップの中では、今後、WBCがさらなる発展を遂げていく可能性は、残念ながらないのではないか。このギャップを埋めていくことが、野球界には求められている。


池田純

1976年1月23日生まれ。 横浜出身。 早稲田大学商学部卒業後、住友商事株式会社、株式会社博報堂を経て独立。 2007年に株式会社ディー・エヌ・エーに参画し、執行役員としてマーケティングを統括する。 2012年、株式会社横浜DeNAベイスターズの初代社長に就任。 2016年まで5年間社長をつとめ、観客動員数は1.8倍に増加、黒字化を実現した。 著書に「空気のつくり方」(幻冬社)、「しがみつかない理由」(ポプラ社)がある。