2017年に初マラソンに挑んだ設楽と村澤

 初マラソンは明暗を分けた。

 明は東京マラソン(2017年2月26日)の設楽悠太(Honda)。リオ五輪1万mにも出場した25歳は、先行するアフリカ勢の先頭集団に日本人選手としてただ一人食らいつき、序盤から日本記録を上回るハイペースで飛ばした。結果的には30キロ以降にスローダウンしたが、2時間9分27秒は初マラソン歴代6位に当たる好記録。11位(日本人3位)という結果以上にアフリカ勢を怖れぬ果敢な走りは鮮烈な印象を残した。

 暗はびわ湖毎日マラソン(2017年3月5日)を走った村澤明伸(日清食品グループ)。東海大時代、箱根駅伝で名を馳せた花形ランナーは中間地点をトップ集団とともに駆け抜け、30キロまで5キロのラップタイムをすべて15分台でカバーする安定した走りを見せた。ところが35キロ以降、急激に失速。最後は歩くようにしてトラックを周回し、2時間17分51秒(28位)の平凡なタイムでようやくゴールにたどり着いた。一筋縄ではいかないマラソンの過酷さを改めて思い知らされるレースとなった。

 トラックやロードでどんなに実績を積んだランナーであっても初マラソンにはさまざまな壁が立ちはだかる。集団の中での駆け引き、ペース配分、給水、そしてレース当日の気象条件。びわ湖毎日は好天に恵まれたが、レース後半は湖からの冷たい風に体温を奪われ、村澤同様にコンディションを崩したランナーが続出した。

 その初マラソンに、ニッポン男子マラソン界の救世主となり得るランナーが満を持して挑戦する。3000mと5000mの現日本記録保持者であり、昨年の日本選手権で5000mと1万mの2種目を制し、リオ五輪の両種目に出場した大迫傑だ。早稲田大時代は設楽や村澤同様、箱根駅伝で脚光を浴び、卒業後は日清食品に入社。1年で退社すると渡米しナイキ社が長距離ランナー強化のために設立したナイキ・オレゴン・プロジェクトの一員となった。現在はプロ契約のアスリートとしてアメリカを拠点に活動しており、日本の長距離界では屈指と言われるスピードにさらに磨きを掛けている。2月下旬に自身のツイッターでボストンマラソン(2017年4月17日)への参戦を表明。いよいよ2020年東京五輪でのマラソン出場を目指し、第一歩を踏み出す。

大迫は低迷する男子マラソン界の起爆剤となるか

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 大迫にとっての初マラソンの成否はやはり設楽や村澤が苦しみ抜いた終盤の走りに懸かっている。ちなみに設楽の場合、35キロから40キロまでの5キロを①16分41秒、残り2.195キロを②7分37秒と著しく減速、村澤に至っては①20分10秒、②10分49秒と完全に脚が止まってしまった。初マラソンではないが参考までに昨年の福岡国際3位の川内優輝(埼玉県庁)の終盤のタイムを挙げると①15分38秒、②6分50秒、今年の東京マラソンで優勝したウィルソン・キプサング(ケニア)は①15分02秒、②6分29秒、世界記録(2時間2分57秒)を樹立したデニス・キメット(ケニア)の場合は①14分42秒、②6分28秒と驚異的なタイムでフィニッシュしている。昨今のレースはペースメーカーが外れる30キロ以降の走りが鍵となるが、ボストンでも30キロ過ぎに待ち構える有名な“ハートブレイクヒル(心臓破りの丘)”を過ぎてから本当の勝負が始まる。

 今回のボストンには前出のキメットをはじめ2時間5分を切る選手が7名、さらに大迫と同じ所属チームでリオ五輪マラソンの銅メダリスト、ゲーレン・ラップ(米国)など、多士済々なトップランナーがエントリーしている。高速化必至のレースに大迫がどこまで食い下がれるか、すべては終盤の難所を乗り越えるだけのタフな末脚に懸かっている。

 低迷が叫ばれる男子マラソン界だが、大迫のボストンでの走りが起爆剤となれば、一気に新時代到来となるかもしれない。設楽悠太の二卵性双生児の兄で能力的に遜色ない啓太(コニカミノルタ)、1万mの日本記録保持者である村山紘太(旭化成)、同歴代2位の鎧坂哲哉(旭化成)など、マラソン未経験の大迫世代の実力派ランナーたちが2020年を視野に入れ、続々と挑戦してくるはずだ。

 日本陸連もまたこの3月末から、男子マラソン強化策として潜在能力の高い若手を集め、ニュージーランド合宿を敢行している。箱根駅伝で“山の神”と呼ばれた神野大地(コニカミノルタ)、今年の箱根2区で区間賞を獲得した鈴木健吾(神奈川大3年)らがマラソンに特化した練習を行い、3年後を目指す。

 彼らにとって指標にもなる大迫の42.195キロは明となるのか、暗となるのか。いずれにしても新たなマラソンニッポンの幕開けを告げるレースを期待したい。


VictorySportsNews編集部