文=戸塚啓

終盤に投入されたUAE戦で与えられていた役割

 ひょっとしたら、本田圭佑は試されているのかもしれない。

 3月23日のUAEとのアウェーゲームで、本田は後半35分から投入された。直前にUAEがストライカーを交代したことで、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督はウォーミングアップ中の背番号4をすぐに呼び寄せた。

 久保裕也と今野泰幸の得点で、日本は2-0でリードしている。ピッチ上のパワーバランスも悪くない。勝利は近づきつつあるものの、指揮官は無失点も求めたのだろう。182センチの本田を送り込むことで、パワープレーを仕掛けられた場合の手当てをしたのだ。彼が出場した直後に大迫が負傷交代したことを考えれば、高さを担保する効果的な采配だった。

 ACミランでほとんど試合に出ていない本田の招集について、ハリルホジッチ監督は「この代表はケイスケを必要としている」と話した。周囲の疑問や質問に答えるとして、「重要なゲームで得点をあげており、我々のトップスコアラーである。代表でプレーする意欲も高く、試合には出ていないがプラスアルファのトレーニングをしている」と、招集の理由をあげた。

 ただ、「試合に出るのかどうか、出るとしたら何分出るのかは別問題だ」とも話していた。「彼の存在が我々には重要なのだ」と、含みを持たせる言葉を繰り返した。

 他でもない本田自身は、周囲の喧騒と距離を置いていた。「一番重要なのは、チームがワールドカップへ行くこと。そのためにいま、自分に何ができるのかを考えたい」と話す表情には、戸惑いも迷いも浮かんでいなかった。

 ピッチ内でのパフォーマンスだけを選考基準とするなら、本田よりもメンバー入りにふさわしい選手はいる。たとえば、大迫勇也の離脱で招集された小林悠であり、今回の2連戦でバックアップメンバーに名を連ねる金崎夢生である。

 ならばなぜ、ハリルホジッチ監督は本田を求めたのか。

 指揮官の真意を探るヒントは、UAE戦の試合前にあった。

ハリルホジッチ監督が本田に求めているものとは

©Getty Images

 ベンチメンバーのウォーミングアップは、ピッチサイドの狭いスペースで行われる。ボール回しと短いダッシュを交互に行ない、2人1組のパス交換でボールフィーリングを確かめる。身体を解して温めていきながら、本田は若いチームメイトとコミュニケーションを取っていた。パス交換でパートナーを組んだ清武弘嗣には、身振り手振りを交えて熱心にアドバイスを送った。本田が話し手で清武が聞き手だったのは、清武が何度も頷いていたことからうかがえた。

 同じことをできる選手が、いまこのチームにいるだろうか。

 日本代表と海外クラブでの経験値なら、川島永嗣や岡崎慎司も的確なアドバイザーになれる。ただ、彼らに劣らない経験を持ち、いまこうしてスタメンから外れている本田の言葉には、確かな重みがある。

 先発でピッチに立つ者の重圧と責任を知る30歳は、控え選手の役割も理解する。南アフリカやブラジルのワールドカップで、サブの立場を受け入れるベテランの姿を見てきたのだ。ゲーム勘やゲーム体力が十分でない自分を、ハリルホジッチ監督はなぜ呼んだのか。チームの一員として、何をやらなければいけないのか──本田が分からないはずはない。

 28日のタイ戦について聞かれた本田は、「思った以上に厳しい試合になる」と切り出した。「UAEに勝ったからといって、最下位のタイにも勝てると考えるのは危ない。次の試合は、前のUAE戦とはまったく違うサッカーになる。それは、選手全員が分かっていると思う」

 自らの立場に関わらず、チームへの貢献を誓う。チームの利益につながるのなら、スポットライトの外側にも立つ。

 ひょっとしたハリルホジッチ監督は、本田の覚悟を確認するためにこのタイミングで招集したのかもしれない。本田は試されているのかもしれない。

 ならば、答えはすでに出ている。

 スタメンから外れても、残り10分から出場しても、最後までピッチの外で試合を見ることになっても、この男はチームにプラスアルファをもたらすことができる。


戸塚啓

1968年生まれ、神奈川県出身。サッカー専門誌編集者を経て、98年秋よりフリーに。2000年3月より、日本代表の国際Aマッチを連続取材中(取材規制のあった11年11月の北朝鮮戦を除く)。02年からは大宮アルディージャのオフィシャルライターとしても活動。