取材・文=石塚隆 写真=櫻井健司

ピンチのときこそデータを見直せ!

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「あなたはプロ野球の監督として、スタッツを重んじるデータマンタイプですか? あるいは選手を鼓舞しその気にさせる優れたモチベータータイプですか?」

 昨年、躍進を遂げたDeNAのラミレス監督にこう問うと、今シーズンで2年目となる指揮官は確信をもった表情で答えた。

「指揮をしていくうえで、わたしにとってデータが一番大事なものです。データを理解していれば、適切な指導や戦略を選手たちに与えられることができますからね」

 ベンチ内でメモをとる姿が様になっているラミレス監督だが、データの重要性を改めて痛感したのは昨年の開幕当初である。DeNAはスタートでつまずき、開幕約1カ月で借金を最大11にまで増やし最下位に低迷した。

「DeNAでの現役時代をともに過ごした仲間もいますから、わたしは選手たちのことを理解しているつもりでした。しかし、実際のところ選手の長所短所をつかみきれておらず、認識の甘さから采配に戸惑い、成績を低迷させるに至りました」

 解決策は、更なるデータの洗いなおしだった。ラミレス監督は徹底的に各選手の数字を調べ上げ、戦術に生かそうと試みた。

「ピッチャーであれば、対戦相手の被打率や相性の良いスタジアムなどを人と場所を調べ反映させることで成績は好転していきました。一番わかっていなかったのは、いくらピッチャーが良いコンディションであっても、80球が適正な投手もいれば、100球以上投げられる投手もいるということ。これを知ることができたのは非常に大きかったですね」

 そんなデータの恩恵を一番に受けたのが2年目のサウスポー・石田健大である。開幕から最後までローテーションを守り抜き、5月には月間MVPを獲得。7回、100球までという制限をつけ、続投できそうであってもラミレス監督はこれを頑なに守った。

 実際に石田自身も、昨シーズンの好成績と1年間ローテーションが守り切れたのは、「ラミレス監督の采配のおかげです」と語っている。

指針はデータ70%、フィーリング30%

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 現役時代から“ラミちゃん”の愛称で親しまれ、常にポジティヴな発言をする指揮官は、一見優れたモチベーターのように思えるが、本人としてはその点についてバランスが重要だと考えている。

「100%データ主義でやってしまったら、生身の人間ですから上手くいかないこともあるでしょう。自分の感覚としては70%がデータ、残りの30%がそのときのフィーリングですね。

 例えば、選手のモチベーションを高めるという意味では、データを元に『君は今日の相手投手との相性がいいから使う』と伝えるように、データがあるからこそ良いモチベーターになれるといった側面もあると思います」

 DeNAの昨年のチーム力アップについて、チームの顔でありキャプテンの筒香嘉智は、ラミレス監督の選手との適切なコミュニケーションが大きかったと語っている。

「ラミレス監督はベンチにいるメンバー全員にしっかりと役割を与えていました。それで選手は迷うことなく試合に集中できて、チームがひとつの方向へと突き進んだのだと思います」

 自分はなんのためにこの場所(一軍)にいるのか。チームにとって自分が果たす役割とは一体なんなのか――プロ野球選手というのは、多かれ少なかれプライドを携えているものだ。絶対的な信頼と役割を与え目標設定を促すことでプライドを刺激し、選手たちは力を発揮する。

 指揮官は言う。

「役割を与えるということはすごく大事なことだと思っています。筒香に対して、『君はキャプテンで4番だから毎日プレーをしてもらう。いくら体調が悪くても、絶対に出られないという状況でないかぎりゲームに出てもらう』という言い方をします。わたしも現役時代に経験がありますが、役割を与えることで自信がつき、結果それが活躍に繋がると考えています」

責任を与えることで選手の力は伸びる

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 役割を与えるということを鑑みると、インテリジェンスに長けたラミレス監督の判断はとても早い。

 例えば、年明け早々に開幕投手に石田を指名し自覚を持たせたり、あるいはセカンドとサード以外のポジションは、今年のキャンプの時点ですでにレギュラーの選手を指名している。

 ラミレス監督が持つ特異な部分は、実力的にまだ信頼するに値しない選手であっても抜擢をし、結果的にその選手が活躍するといった慧眼の持ち主であるということ。前述したようにデータを重要視しての抜擢なのかもしれないが、やはりフィーリングといった面も多分にあるように思える。

「昨年レギュラーに抜擢した桑原(将志)に関しては、シーズン中に『君がレギュラーだ』ときちんと伝えたんです。しっかりとそういった認識を持たせると、以前はレギュラーを争うためにやっていた無理をしなくなる。『自分はレギュラーだ』と自覚し、その責任を果たそうとするのです」

 ラミレス監督はレギュラーを獲得した若い選手たちに対し、ミーティングのたびに次のような言葉を伝えているという。

「一度そのポジションをつかんだら絶対に手放してはいけない。そこが君のポジションだ。監督には絶対にポジションチェンジさせることなく守り抜け!」

 日本には『立場が人を育てる』という言葉があるが、つまりはそういったことなのだろうか。

「そうですね。基本的に選手というのは自分がレギュラーなのか、そうじゃないのか迷いがあると上手くいきません。『君がレギュラーだ』と、立場をはっきりさせた方が力を発揮しやすいものなんです。監督としてものすごく考えるのは、選手自身が『自分はできるんだ!』『素晴らしいんだ!』と信じさせること。これがチームを指揮する人間としてとても大事なことだと思います」

 一流になるためにはどのように階段を登っていけばいいのか。そしてどう促せばよいのか。現役時代メジャーでは思うような結果を残せず、ようやくたどり着いた日本の地で実力を開花させた苦労人だからこそわかる感覚なのかもしれない。

ラミレス監督が操る3つの魔法の日本語

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 ラミレス監督に強い影響を受けているのは、なにもレギュラークラスの選手たちばかりではない。控えの選手たちだって、監督の期待に応えようと決して腐ることなく戦力になろうと努めている。

 選手たちにラミレス監督に関する話を聞いていくと、ある3つの日本語がキーワードとして聞こえてきた。ラミレス監督は、普段こそ通訳を介し英語で話しているか、この日本語による3ワードを聞かされると選手たちはモチベーションが高まるという。

「元気!?」「大丈夫」「頑張って!」――。

 このことをラミレス監督に伝えると、ニヤリと微笑みながらうなずいた。

「どうしてわたしがこの言葉を遣っているのかというと、じつは監督から試合に出ていない選手に対し普通に話しかけるというのが難しいからなんです。でも、わたしは彼らのリアクションを見てみたい。例えば、『元気!?』『頑張って!』と簡単な言葉ですが、これを伝えることで『あなたのことをきちんと見ているよ』というメッセージが伝わるし、選手は『見ていてくれているんだ』と現状を前向きに捉えることができる。ですから、この3つの日本語はわたしにとってとても大切なものなのです」

 昨年ルーキーで正捕手の座についた戸柱恭孝は、プロの水に慣れぬ春先の厳しい時期、「監督の『大丈夫、大丈夫!』という言葉に救われた」と語っている。また戸柱だけはなく、レギュラーに届かない選手たちは、ラミレス監督に声をかけられ自分はチーム構想に入っていると実感していたという。

「とくに若い選手は監督にアピールがしたいし、監督は自分ことをどのように思っているか気になるはずなんです。わたしとしては、監督が崇高で話しかけづらい存在になるのだけは避けたい。いつでもドアはオープンにしているし、誰だろうがいつでも入ってきて構わない。3つの日本語は、そういった雰囲気を醸しだすのにも必要なものです」

今シーズンのキーマンはルーキーの濵口遥大

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 さて、いよいよ監督就任2年目のシーズンがはじまろうとしているが、単刀直入に「今シーズンは期待してもいいのか」と尋ねると、ラミレス監督は「イエス、イエス!」と、笑みを湛え自信を伺わせる。

「我々は昨年Aクラスだったという自覚をもってキャンプを過ごしてきましたし、チーム力を鑑み、しっかりシーズンを過ごし、力をアップさせていけることができれば優勝できると思っています。開幕からは全力で最後までいきたいですね。

 わたし自身、昨年は多くのことを学び、監督をすることの難しさを知りました。経験を重ねることで、もっと良い監督になっていく自信がつきました」

 ラミレス監督の言葉を聞くかぎり、ファンにとっては楽しみなシーズンがはじまりそうだが、今シーズンの戦力をどのように分析をしているのか。

「バッターで鍵を握るのはもちろんキャプテンの筒香嘉智になります。また昨年、ケガで出遅れた梶谷隆幸も、今シーズンは順調に調整できているので故障することなく1年間やってくれると思います。それに、ヤクルトから田中浩康といったベテラン選手も加入しましたし非常にバランスがとれたチームになったと思います」

 気になるのはピッチャー陣だが、昨年勝ち頭だった山口俊がFAで巨人へ移籍した穴をどのように埋めるのだろうか。

「基本的に大きな穴だとは感じていません。なぜならば、我々の先発ローテーションは充実しているからです。石田健大、井納翔一、今永昇太、そしてクライン、ウィーランドという新外国人選手。他にも先発候補の選手はたくさんいますが、わたし個人としてはドラフト1位ルーキーの濵口遥大に期待をしています。彼が7~10勝してくれれば優勝争いできると思います」

 言うまでもなく新戦力の活躍と、昨年からの戦力の上積みが大きなカギになるわけだが、ラミレス監督はいまや横浜スタジアムにおいて座席稼働率90%以上を誇り、チームを支えるファンに対して感謝を忘れない。

「わたしたちが戦っていくうえで、ファンのサポートというのは一番大きな力になります。熱狂的な応援に応えられるようチーム一丸となって頑張っていきたい」

トップだからこそミスから学ぶ勇気を持つ

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 ラミレス監督を起用したDeNAの高田繁GMは昨年の働きを「1年目ということを考えると満点に近い」と評価し、今シーズンの優勝実現に期待を寄せている。

 ラミレス監督が特に優れている部分を、高田GMは以下のよう評する。

「わたしも監督をやったことがあるからわかるけど、監督の性格が一番出るのが連敗したときなんですよ。試合後の囲み取材で、負けが込んでしまうといくら平静を保っていても地の姿が見えてしまう。けどラミレス監督は、一度も怒った姿を見せることなく常にポジティブな言葉を口にする。これはなかなかできることではないし、チームの士気が下がることもない。そういう意味ではマスコミ対応も含め非常にクレバーな監督だと思いますね」

 ラミレス監督は自分自身をどんな監督だと考えているのか。常に前向きという姿勢は理解できるが、危機管理として常に心掛けていることはなんだろうか。

「わたしの信条は“ミスから学ぶ”ということですね。それは現役の選手であろうが、立場がうえになっても変わらないことです。昨年もミスを犯しましたが、しっかりと学んだことでリカバリーすることができました。ミスを認めることで人間は成長するのです」

 ラミレス監督は一昨年就任するにあたり、高田GMや池田純前社長に対し、直近での優勝はもちろん、常にAクラスに入るチームにするための中長期的なビジョンをプレゼンテーションしている。

 果たして、その土台はできつつあるのか。

「正直に申し上げれば、現地点で若手を中心とした基盤は70%ぐらい完成していると思います。昨年Aクラスを経験し、選手たちも自信をつけました。これを今シーズンの経験により80%ぐらいまで高め、さらに若い選手が育ってくれればと思っています。

 わたしの目標は、優勝は当然のこと、Aクラスを維持する常勝軍団を作ること。その礎はできたと思っています。ただこの基盤は、中畑清前監督が作り上げたものであり、若手が育っているのも彼のおかげです。

 わたしは、それを崩すことなく引き継ぎ、さらに育てることが仕事です。難しい作業でありますがチャレンジをする価値はありますし、今年の秋は皆さんと一緒に喜びたいですね」

 結果と育成というある意味矛盾をはらんだプロのチームスポーツ最難関のミッションに挑むラミレス監督。選手たちの心を掴むその手腕は、果たして2年目となる今シーズン、どのような輝きを放つのか刮目したい。

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[プロフィール]
アレックス・ラミレス
1974年、ベネズエラ生まれ。1998年にメジャーデビューし、2001年にヤクルトスワローズに入団。一年目から.280、29本塁打という好成績を残し2003年には本塁打と打点の二冠王に輝く。その後、2008年から読売ジャイアンツでプレー(2008年に打点王、2010年には本塁打と打点の二冠王)。2012年に横浜DeNAベイスターズに移籍し、2013年に現役を引退。外国人枠適用経験選手として、史上初の名球界入りを果たした名選手。2016年からDeNAの監督として指揮を執る。

石塚隆
1972年、神奈川県生まれ。スポーツを中心に幅広い分野で活動するフリーランスライター。『週刊プレイボーイ』『Spoltiva』『Number』『ベースボールサミット』などに寄稿している。


BBCrix編集部