文=松原孝臣

有利になるとは言い切れない

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 2016年12月9日、国際柔道連盟(IJF)は17年2月以降の試合におけるルールを改正すると発表した。主だった改正点を見てみよう。

●「有効」「技あり」「一本」と、技を3段階で区別してきたが、このうち有効を廃止。
●技ありを2度取れば一本、いわゆる「合わせ技一本」」も廃止され、何度取っても一本にならない。
●指導による反則負けは従来の4度目から3度目に。
●男子の試合時間も5分から女子と同じ4分に短縮。

 まずは試験的に導入し、今夏の世界選手権後に正式に採用されるが、2020年の東京五輪まで採用される可能性は高いと見られる。

 新ルール導入は、より攻撃的に一本を目指す柔道を追求したいという意識がある。山下泰裕氏によれば、リオデジャネイロ五輪男子100kg超級決勝で、指導でリードしてから逃げに徹して金メダルを獲得したテディ・リネールの戦いぶりがIJFの会議で俎上に上がったという。

 今回のルール改正は、日本柔道にどう影響するか。一本を志向する日本にとって有利であるという見方も少なくないが、必ずしもそうは言い切れない側面がある。

 指導者の間から漏れ聞く言葉からすると、1つは試合時間が短くなったことへの不安だ。日本の選手は海外勢と比較すると相対的に仕掛けが遅い。ひと足早く14年に4分に短縮された女子では、先に相手が攻勢に出て日本の選手が指導を取られ、すると相手が巧妙に時間を費やし、敗れてしまう試合が少なからず見られた。男子でも同じような光景が見られるのではという恐れがある。しかも日本の選手はスタミナ面では自信のある男子でも、指導を狙ってともかく技を仕掛けてくる相手に指導のリードを許して逃げ切られることが考えられるからだ。

審判は「かけ逃げ」を正しく見極められるか?

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 その不安に関連するのが、審判の質だ。過去の試合でも微妙なジャッジがなされたことがある。特に指導を与える、与えないのさじ加減だ。攻めている姿勢を印象付けるために、投げられるはずもないのに、とりあえず技をかけたふりをする「かけ逃げ」をする選手には、本来は指導を与えられる。ただ、審判がその見極めをできずに、かけ逃げをされている選手に消極的であるとして指導を与えてしまうことがある。海外の選手にはその駆け引きに長けている選手が多い。指導3つで反則負けとなることから、審判に左右されかねないという声もある。

 これらの点を考えれば、一見、きちんと組んで一本を狙う日本に有利なように思えるルール改正が、必ずしもそうではないことが見えてくる。むしろ、「正統派」であることを誇りにし、こだわっているからこそ、こうした改正への対応が後手にまわる可能性すらある。

 もちろん、相手選手の小細工をものともしない圧倒的な強さを身につけてしまえばいいが、それも容易ではない。相手をうかがうのではなく、試合開始とともに自ら仕掛けていく姿勢が、日本柔道にとって求められることになる。

 新ルールへの対応は、2020年の東京五輪の成績にも大きくかかわっていくことになるだろう。


松原孝臣

1967年、東京都生まれ。大学を卒業後、出版社勤務を経て『Sports Graphic Number』の編集に10年携わりフリーに。スポーツでは五輪競技を中心に取材活動を続け、夏季は2004年アテネ、2008年北京、2012年ロンドン、2016年リオ、冬季は2002年ソルトレイクシティ、2006年トリノ、 2010年バンクーバー、2014年ソチと現地で取材にあたる。