文=中野和也

主力の退団に加え、戦力もそろわず

 野上結貴から柴崎晃誠、アンデルソン・ロペスと3本続いたダイレクトパスから、フェリペ・シウバが強烈なシュート。ガンバ大阪のGK東口順昭の指に触ったためにバーを叩いたものの、「10回待ってこなくても11回目を信じて、こぼれ球を待つ」というストライカー・工藤壮人が押し込んだ。広島にとって今季初となるオープンプレーでのゴールは、そのまま今季初勝利につながったのである。

 では、どうしてここまで勝てなかったのか。そこを考える前に、広島が「新しいチームである」と認識するところから、始めたい。2015年、Jリーグ史上最多勝ち点(34試合制)を挙げて年間1位となり、チャンピオンシップを制したあの「強い広島」から、佐藤寿人、ドウグラス、浅野拓磨らが抜けた。昨年、得点王に輝いたピーター・ウタカも、本人の海外志向の強さもあって残留交渉が難航。完全移籍に落ちついた時には外国人枠がうまり、FC東京へ期限付き移籍を余儀なくされた。つまり、前線の選手が柴崎晃誠以外、ほとんど入れ替わってしまったという事情を、抑えておきたい。

 しかも、その柴崎がタイキャンプで負傷し、開幕に間に合わない。最終ラインの主力として期待されていた佐々木翔が左膝前十字靱帯再断裂で、長期離脱。「ピッチ上の監督」として森保一監督がもっとも信頼していた森崎和幸も体調不良でキャンプにも参加できない。プレシーズンで絶好調だった柏好文が開幕戦で負傷離脱。守護神・林卓人もケガのため、キャンプはずっと別メニューで過ごした。他にも、ミキッチや青山敏弘などの短期離脱組も含め、多くの「主力」が新加入組と一緒にトレーニングすることができなかった。広島の生命線は、コンビネーション。影響が出ないはずがない。

 さらに、2012年の初優勝以来、4年で3度もタイトルをとり続けた広島のサッカーに対する対策も厳しい。特に昨年後半以降、徹底してスペースを消される戦術の前に、ボールは支配できてもゴールが奪えず、逆にカウンターを食らって敗戦してしまうケースが増えた。コンビネーションも封じられ、ピーター・ウタカの個人技に頼らざるをえない状況に陥ったことも、昨年のセカンドステージで10位に低迷した要因である。

シュート数はリーグ1位も遠いゴール

©Getty Images

 森保一監督は現状打破のため、「ボールを失った瞬間のプレス強化」を戦術的なオプションとして加えた。切り替えの瞬間にボール奪取に成功すれば、鋭いショートカウンターからのゴールも期待できる。確かにこのやり方は、プレシーズンではうまくいった。だが、今までの「ブロック形成」と「プレス」、二つのやり方の使い分けに苦労する。負傷者続出のためメンバーが次々に変わり、阿吽の呼吸による意志決定がバラバラになってしまった。プレシーズンマッチの対山口戦でも4得点はしたものの、カウンターから失点。他にも決定機を数多くつくられた。チームの守備に問題が存在したのは事実であり、意識の差異が選手たちを苦しめた。

 このことは、想像以上に大きな影響を与えてしまっていた。開幕の新潟戦から第4節の札幌戦まで、確かに相手は強固なブロックを引いてはいたが、広島の攻撃が迫力を欠いたことも否めない。プレスに行くのか、ブロックをつくるのか、その意志が中途半端になってしまい、広島らしい厚みのある攻撃が繰り出せない。カウンターを怖れる無意識の意識が、腰を引かせてしまっているようにも思えた。

 もちろん、Jリーグナンバーワンのシュート数を記録しているわけで、決めるべきところで決めていれば問題はなかった。だが、たとえ決められなかったとしても、チャンスの総数がもっと多ければ、決める確率ももっと増幅したはずである。広島はシュートこそ確かに多いが、決定的に崩したシーンは決してそれほど多くはない。シュートを打っていても「いい攻撃」が繰り出せていたわけではなかった。その根幹は「意志統一」の問題だった。

 第5節の柏戦から、森保監督は「プレス」から「ブロック」へと明確に軸足を移し、選手の意志を徹底して統一させた。ミスからの失点が尾を引き柏には敗れたが、指揮官はブレない。同じやり方・同じメンバーでG大阪に挑み、今季はまだ勝ち点を落としていない強豪を打破した。もし、柏戦の敗戦を受けてやり方やメンバーを変え、そこで敗戦していれば、広島はさらなる泥沼にまぎれこんだだろう。その危機は脱した。

 森崎和幸が別メニューながらトレーニングに復帰、柏好文がルヴァンカップ新潟戦で90分出場。青山敏弘もすでに紅白戦に参加し、次節への出場に意欲を見せている。ミキッチも来週からはチーム練習に完全合流する予定だ。ケガ人が復帰してきた広島に、明るい材料が増幅していることは間違いない。ただ、昨年後半に露呈した「コンビネーション攻撃不発」の課題はまだ解決しているとは言い難いのも事実。工藤、フェリペ、ロペス、それぞれ特長を持っている前線3人だが、まだ線としてはつながっていない。まだ1勝。「厳しい立ち位置は変わっていない」(森保監督)ことは、冷静に見つめる必要がある。


中野和也

1962年生まれ。長崎県出身。広島大学経済学部卒業後、株式会社リクルートで各種情報誌の制作・編集に関わる。1994年よりフリー、1995年よりサンフレッチェ広島の取材を開始。以降、各種媒体でリポート・コラムなどを執筆。2000年、サンフレッチェ広島オフィシャルマガジン『紫熊倶楽部』を創刊。著書に『サンフレッチェ情熱史』『戦う、勝つ、生きる 4年で3度のJ制覇。サンフレッチェ広島、奇跡の真相』がある。