文=土地将靖
開幕6連敗の中で迎えた特別な一戦
©共同通信 初めての古巣との対戦。それが、高校卒業後最初に加入し、9シーズン苦楽を共にしてきたチームであれば、特別な気持ちがないわけはない。試合前には「ずっと一緒にやってきた仲間だし、そういう相手と戦うのは、何か変な気持ちですけど、やっぱり楽しみですよ」と語ったが、開幕から勝ち点なしの6連敗という重苦しい現実もある。「もちろん意識はしますけど、状況的に私情を挟むつもりはない。チームが連敗を止められるように、初勝利できるように全力で戦うだけ」とフォア・ザ・チームに徹する姿勢を強調した。「ここで自分が点を取るか取らないかで、自分の見られ方も変わってくると思う。点を取って大宮のサポーターに、来てくれて良かったと思われるように、しっかり活躍したい。大宮の一員として、日本平で勝ちたい」と意気込んだ。それは、ここまで期待されながら得点に絡む働きがまったくできていない不甲斐なさに対する、自分自身への檄のようにも感じられた。
試合前のメンバー紹介では、大きなブーイングも予想されたものの拍手との半々程度。セットプレーのキッカーを務めるため、清水サイドでのCKではかなり大きなブーイングも飛んだ。一方、大宮サポーターからは“俺たちがついてるぞ”と言わんばかりの大前元紀コールが、普段にも増して聞こえてくる。双方のサポーターたちの様々な感情が交錯する中、大前が早速、魅せた。
前半5分。左サイドで横谷繁からのパスを受けると、右へ大きくサイドチェンジ。オーバーラップしてきた右サイドバック渡部大輔がこのボールを受けて、ラインぎりぎりでクロスを上げると、江坂任がヘディングで沈めた。大宮の今シーズン初めての先制点を、大前が広い視野で演出した。
気を良くしたか、前半18分には江坂とのコンビネーションから、自身としては開幕戦以来となるシュートを放つ。「キッカーとして、どこに落とせば相手が嫌かというのも分かっている」と狙い目にしていたセットプレーからチャンスを演出することはできなかったが、攻守両面でこれまで以上に貢献しようとする姿勢が見られたのは、やはり古巣効果があったのだろうか。
大宮の10番は63分でベンチへ
©共同通信 これで勝ち切れていれば、大宮にとって、そして大前自身にとっても大きな転機、きっかけとなったであろうことは間違いない。だが、後半だけでシュート8本という清水の猛反撃をしのぎ切れず、試合終了まであとわずかというところで、手中に収めかけていた勝利がするりとこぼれていってしまった。防戦一方になってしまった後半の試合運びはチーム全体としての課題であり、チャンスを作りながら1得点にとどまってしまった前半は、大前を含めたアタッカー陣で振り返る必要がある。「やはり勝ち点3を持って帰りたかったですけど、ここ数試合の中でもゴールに向かう姿勢をチームとして一番見せることができた。みんなしっかり戦っていましたし、そういうところをプラスとしてとらえたい」という手応えと悔しさを今後への糧とできるかどうか、それがチームとして、そして大前個人にとって何よりも重要になる。
試合後には清水・白崎凌兵の同点ゴールについて、地元メディアから「10番を受け継いだ後輩の得点はどうだったか?」と問われた。“俺に何を言えと言うんだ?”とでも言いたげな苦笑いを見せながらも、大人の対応で切り抜けたが、一方でそれは、いわば“舐められた”証左でもある。もし大前が大活躍し、大宮が大勝でも収めていれば、そんな質問も出なかっただろう。
ここ2試合は、ともに60分ほどでピッチを去っている。清水戦は「最後まで出そうと思っていたが、足が全然動いてなかった」、その前節の神戸戦は「失う回数が多かった。彼に何を求めているかというと攻撃のクオリティ。失う回数が多いのであれば、守備で頑張れるタイプの選手を入れたほうがいい」と渋谷監督は明かす。「彼にボールは入っている。そこでどのぐらいのクオリティを出すか。元紀のところを狙われているかもしれないが、それでもキープして、味方に付けて動かしてから自分がもう1回フリーになるとか、彼だったらできると思う」と指揮官の期待は小さくないが、まだまだ信頼を勝ち得ているとはいい難いのが現状だ。
「次に彼らがホームに来た時に、この引き分けをしっかりと勝ちにつなげられるようにしていきたい」。清水とのホームゲームは第28節。その時には笑っていられるような、そんなシーズンにしていかなければならない。そのためにも、一刻も早い10番の奮起が待たれる。