文=手嶋真彦

天皇杯福島県予選・決勝でJ3の福島ユナイテッドと対戦

「目標は?」と質問されると、その監督はほんの一瞬、困った顔になる。質問者に何の他意もないだろう。試合後の記者会見で、定番の問い掛けをしているだけだ。しかし、その監督から型どおりの返答は戻ってこない。「最短でのJ1リーグ昇格が目標です」とも、「飛び級してのJFL昇格を目指します」とも言おうとしない。

 いわきFCクラブ創設2年目の挑戦が始まっていた。2017年2月18日のトレーニングマッチは3-5のスコアで敗れたとはいえ、J3のグルージャ盛岡と互角に渡り合っている。その試合後のTVインタビューでも、監督の田村雄三は型どおりの返答は戻さなかった。3月下旬のシーズン開幕に向けて、目標は? と問われてだ。

「開幕だからといって、特にはありません」

 意識していた試合は田村にもあったはずだ。4月9日の天皇杯福島県予選・決勝。4回戦から登場のいわきFCが5回戦、準決勝と順当に勝ち上がれば、特別シードで決勝のみを戦うJ3の福島ユナイテッドと対戦できる。J1をピラミッドの頂点に見立てると、いわきFCの福島県1部リーグは7部相当だ。田村は3月26日の4回戦を15-0の大差で勝ち抜くと、直後のインタビューで静かに、しかし決然と私にこう言った。

「決勝に進めたら、1点取られても、3点取りに行きますよ。そういう攻撃的な、みんながワクワクするサッカーを掲げているクラブですからね」

 迎えた4月9日の決勝――。試合後、田村に細かい質問をぶつけた。終盤の89分、途中出場のFW高柳昂平が、いくらか無理な体勢からドリブルで敵の最終ラインを突破しようと試みたシーンついて。ベンチ前で戦況を追っていた田村は2、3歩前に出ると、拍手を送っている。どんな意味合いの拍手だったのか。

「あそこで横や後ろに行くのは簡単です。そんな場面で仕掛けたからこそ、全体にエネルギーを与えるんです」

 高柳の突破は阻止されたが、2000人以上が詰め掛けたスタンドは、どっと沸いている。

 もうひとつの質問は、ロスタイムに入ってからのオーバーラップについて。自陣左サイドから右のウイングバックに大きなサイドチェンジのパスが出ると、3バックの右を務めていた新田己裕は何の躊躇もなく、敵陣奥のスペースへ猛然と駆け上がった。センターバックが無理に攻め上がらなくても、チームによっては許される場面だろう。

「1-0、2-0で迎えたロスタイムに試合をしっかりクローズするのも、ひとつの手かもしれません。ですが、いわきFCがあそこで守っても、誰も喜びませんから」

「サッカーには人間性が表れます」

©手嶋真彦

 いわきFCが見据えているのは、新たな社会価値の創造だ。

「僕だって、やるからには負けたくない。勝つためにやっています」

 そう認める田村が安易に目標を語ろうとしないのは、勝利以上に大切な自分の使命を意識しているからに違いない。「スポーツを通じて、いわき市を東北一の都市にする」。いわきFCにとっての勝利とは、クラブのこのミッションを達成するための手段でもある。想定しているのは、いわば幸福と経済の循環だ。いわきFCは地域の人々の幸せのために活動し、そうした活動がクラブに対する地域のロイヤルティを醸成する。スタジアムは埋まり、グッズが売れ、いわきFCを軸とした地域経済が活性化する――。そんな未来に向けて、それでは肝心のサッカーで何を提供するべきなのか。観戦者が勇気づけられ、希望を持つ。それくらい人の心を動かすものとは何なのか?

 田村は3月26日の4回戦で、ある先発メンバーを前半だけでベンチに下げている。「いい加減なプレー」に終始していたからだ。

「なんとなくパスを出して、なんとなく走っている。それじゃあダメなんです。何が見たくて、今日、お客さんがこれだけ集まってくれたのか――」

 田村にはひとつの信念がある。Jリーガーだった自身の実感を通して、現役引退後にフロント入りしてからは継続的な観察から得られた、ある種の経験則である。

「サッカーには人間性が表れます」

 ここで言う人間性は、「生き方」とも置き換えられる。田村が選手たちに求めているのは、最低限懸命に走り続けること。すなわち、懸命に生きることなのだ。どんなに上手かろうが、洗練されていようが、必死さがなければ、おそらく感動までは生まれない。

 クラブ創設1年目は強化・スカウト本部の部長だった田村を兼任監督に指名したのが、いわきFCの代表取締役であり2年目は総監督を兼ねる大倉智だ。Jリーグの黎明期に私がスタジアムで見た大倉を一言で形容するなら、泥臭い選手だった。しかし、その泥臭さゆえ、20年以上昔の記憶が朧げながら残っているとも言える。

 2-0のスコアで決着がついた4月9日の天皇杯福島県予選・決勝で、いわきFCはJ3の福島ユナイテッドを破っている。飛び級での4部昇格にも、現実味はあるだろう。「全国社会人サッカー選手権」で3位以内に入って「全国地域サッカーチャンピオンズリーグ2017」に進み、そこで上位に進出できれば7部からでも4部(JFL)に昇格できる仕組みなのだ。平均年齢21.7歳の若さで大きな可能性を秘めているとはいえ、飛び級でのJFL昇格を目指す選手たちの思い――はやる気持ち――は、田村にもよく分かる。

「でも、もっと大事なことがある。それだけなんです」

 そして迎えた天皇杯本選――。4月22日の1回戦は、実質5部の北海道リーグに所属するノルブリッツ北海道から8-2の勝利を収めて突破した。6月21日の2回戦の相手は、ピラミッドの頂点であるJ1のコンサドーレ札幌。3月26日に聞いた話を思い出す。田村はこう言っていた。

「結果を求めるなら監督は僕じゃなくていい。いわきFCをいつまでも続くクラブにしていくには、まずはカルチャーをしっかり作る。ちゃんと土台を作るのが僕の役目なんで。どんなに負けてもブレずにやるだけです」(文中敬称略)


手嶋真彦

1967年、東京都生まれ。慶應義塾大学法学部を卒業後、新聞記者、4年間のイタリア留学を経て、海外サッカー専門誌『ワールドサッカーダイジェスト』の編集長を5年間務めたのち独立。スポーツは万人に勇気や希望をもたらし、人々を結び付け、成長させる。スポーツで人生や社会はより豊かになる。そう信じ、競技者、指導者、運営者、組織・企業等を取材・発信する。サッカーのFIFAワールドカップは94年、98年、02年、06年大会を現地で観戦・取材した。