構成・文=キビタ キビオ

ペナントレース序盤はWBC効果で打高投低が際立った

©榎本壯三

──ペナントレースも開幕してほぼ1カ月が過ぎました。序盤を振り返り、全体を俯瞰して感じたことはありましたか。

中畑 うん。今年は意外だなと思ったのは、春先から打線が活発ということ。どちらかというと春先はピッチャー有利とされているなかで、打撃戦が多かった。

──各チームの打撃陣が、まだ、投球にアジャストできなかったりスイングが固まらなかったりで、結果が出にくいから?

中畑 そう! だから「出だしは投高打低」とずっと言われてきたんだけど、今年は開幕直後からガンガン打っていた。野球界の傾向が変わってきているな、と感じたよ。

──なぜ、そのような傾向になっているのでしょう。

中畑 WBCの影響だよ。代表選手がWBCの開催される3月に向けて1カ月早く調整をしてきたために、他の選手も引きずられて全体的に仕上がりが早くなったんだ。「チェックインが早い」「スイッチオンが早い」とか、いろいろたとえられるけど、要するに早くから準備することによって、実戦に入る感覚がこれほど変わるということだよ。オレも正直、ここまで違うとは思っていなかった。

──それは、いいことと考えていいのでしょうか?

中畑 もちろん大歓迎だよ! みんながみんな、野球に対する準備を早くしようという意識を持つこと。そして、それが高まっているという野球界。この現状は、決して悪いことではない。選手寿命が伸びていることにもつながっていくと思うしね。いい準備をすれば、おのずと野球のレベルも上がっていく。それにしても、いまの選手はすごいよな。160キロとか動くボールとかさ、年々難しくなっていく野球に対して常に高いレベルを目指して進化していかなくては生き残っていけない世界だよ。そういうプレッシャーがあるなかで頑張っていて、実際に野球の質をグイグイと上げている。そういう意味では、ファンに対して、すごくいい野球を見せられているよな。残念ながらWBCでは世界一になれなかったけれども、今年のペナントレースの序盤を見ている限り、日本の野球界全体の方向性が変わっていくためのきっかけになるシーズンになりそうな予感がするよ。

打高投低スタートは今後のオフの過ごし方を考え直すいい機会

©共同通信

──中畑さんが現役だった1980年代のオフは、体を休めるとともに、次のシーズンに向けて鋭気を養う意味でも思い切り遊ぶ期間とする選手が多かったように思います。

中畑 そうだな。ただ、オレが選手会の会長だったときに、シーズンオフのあり方を大きく変えたんだ。

──具体的にはどういう内容ですか?

中畑 それまでは、契約が切れたあとの12月も球団行事に参加しなくてはならなくて、休めるにしても暮れのわずかな期間だけ。1月になれば、全員強制的に参加しなくてはならない名ばかりの“合同自主トレーニング”がはじまって、そのまま2月のキャンプインという雰囲気だった。それを統一契約書どおりのオフシーズンの期間を厳守するように選手会から経営陣に要望を出して、確立させたんだ。

──元々、プロ野球選手は個人事業主ですから、球団と対等の契約を結んでいます。しかし、以前は「選手は球団の所有物」という感覚で扱われていたんですよね。そのため、実際の契約に近い関係になるよう求めたわけですね。

中畑 もちろん、二軍の選手や若手は長いオフなんてとっている場合ではないけれども、一軍のレギュラー選手がゆったりとした時間を作るということでは必要性があると思ってしたことだったんだ。けれども、最近、筒香(嘉智)が活躍したあとでもオフにドミニカのウインターリーグに武者修行に行ったりさ。次のシーズンに向けてオフの期間をしっかり使うようになってきた。このあたりは、世の中のシステムや選手の思考がだいぶ変わってきているな、と感じるよ。

──中畑さんをはじめとする当時の選手会が選手の権利を主張してオフの自由を確保したときから、選手の実情は変化してきている?

中畑 それは、決して悪いことではないことだけどね。ただ、また新たな試みとして、コミッショナーや球団経営者、選手会など、多くの人が話し合って、オフシーズンの時間の使い方について時間割を作って、現在の協約に加えてもいい頃ではないか? と思うんだ。

──でも、現状で12月から翌年1月までの2カ月を完全オフとしている状況は、選手にとって好環境ではないですか?

中畑 最近になって、また早まってきているというのはあるけどな。オレはその点が少し気になっているんだ。

──それでも、現在の早い始動は強制的なものではなくて、選手たちが自分の意思で行っているものですから。

中畑 そうだな。文字通りの“自主トレ”だ。

──自分のプランで行っているものなので、家族と過ごす時間も作りやすいです。

中畑 そうそう。それはすごく大事なことだと思う。だから、今のスタイルがもしかすると本来の望まれている時間の使い方という感じはするけどな。

──この流れが、WBCが開催されないシーズンでも毎年続けられるかですよね?

中畑 それよ。つまり、来年の形がどうなるかによってくるとオレも思うのよ。だからこそ、オフの自主トレの仕方について、実際には球団の見えない影響力があったりして強制的に行われるものになっていないか? ということを、もう一度しっかり見極めたいんだ。そのために、話し合いの場所を作って検討すべきだとオレは思うよ。

東京五輪に向けて「野球サミット」を開催したい!

©共同通信

中畑 これからは、とにかく球界全体が良くなることをみんなが考えなくてはダメよ。選手が働きやすい環境、ファンがついてきやすい環境、野球界がわかりやすい環境など、話し合いを持ちながら協議していく。野球離れをどうやって防ぐかも、考えていかないといけないし……。裏方の人とか野球以外のジャンルからも広く人を集めて、もっともっと多方面で対策を練りたい。だからオレは、このオフに「野球サミット」をやりたいと思っているんだ。

──スケールが大きいですね!

中畑 そういう場で、今後の野球界をどうすべきかについて、3つでも4つでも決めていかないとさ。明確に努力すべき方向が見えてこないじゃない? いまや、ひとつの球団だけがいいというだけではダメよ。12球団全体が良くならないと。そうなれば、アマチュアの方にも、より還元することができるわけだから。

──日本の野球界全体に影響を与える、ということですね。

中畑 そういうピラミッド式の組織の形が見えてこないとね。残念ながら、現在の野球界はそれがない。2020年には東京オリンピックが控えているだけに、組織づくりを加速させるべきだよ。プロ・アマの古臭い垣根を排除して、もっとクリーンにわかりやすい環境を作るためにはどうすればいいのか? 歴史が長いだけに多くの問題が絡まっているけれど、それらもすべて束にしてさ。本物の環境を作る時代に来ているとオレは思う。真の“JAPAN”を作るための風通しの良さだよな。そうなれば、アマチュアもプロもなく、力があればアマチュアでも代表に入れればいい。そんな世界にしていければ、若い世代も含めてファンがもっと野球に興味を示してくれるのではないかと思うよ。

──そういえば、4月下旬の報道で、東京オリンピックに向けて、長嶋茂雄さんをはじめとする日本代表の監督経験者の方にヒアリングを行うという話が出ていました。そのなかには、中畑さんの名前も入っていましたね。

中畑 ああ、コミッショナーから連絡がきたよ。一番わかりやすいのは“侍ジャパン”がWBCだろうとオリンピックだろうとトップになって動かしていく組織づくりだよな。WBCとオリンピックで統括する組織が分けたりするとややこしくなるから。野球界のトップは“侍ジャパン”。それがわかりやすいよ。プロもそれに連動していく。

──WBC開催によるシーズン前の調整の準備からはじまった話が、日本野球界の組織論にまで大きく発展しましたね。

中畑 そうなっちゃったな(笑)。じゃあ、話を最初に戻すけど、点がたくさん入る野球って見ている人にとってはやはり面白いじゃない? 点が入らない野球よりは動きのあるほうが確かに面白いんだよ。そういうことを考えたときに、バットマンの仕上がりが早いということはプラスになると思う。まあ、筒香なんかは仕上がりが早すぎて、開幕時は疲れ切っていたけどな(笑)。その点については、また時間をかけてじっくり話すよ!

(プロフィール)
中畑清
1954年、福島県生まれ。駒澤大学を経て1975年ドラフト3位で読売ジャイアンツに入団。「絶好調!」をトレードマークとするムードメーカーとして活躍し、安定した打率と勝負強い打撃を誇る三塁手、一塁手として長年主軸を務めた。引退後は解説者、コーチを務め、2012年には横浜DeNAベイスターズの監督に就任。低迷するチームの底上げを図り、2015年前半終了時にはセ・リーグ首位に立つなど奮戦。2016年から解説者に復帰した。

キビタ キビオ
1971年、東京都生まれ。30歳を越えてから転職し、ライター&編集者として『野球小僧』(現『野球太郎』)の編集部員を長年勤め、選手のプレーをストップウオッチで計測して考察する「炎のストップウオッチャー」を連載。現在はフリーとして、雑誌の取材原稿から書籍構成、『球辞苑』(NHK-BS)ほかメディア出演など幅広く活動している。


BBCrix編集部