文=和田悟志
事実上の代表選考となる新設されたMGCレース
©共同通信(写真=東京五輪に向けたマラソン代表選考方式について、記者会見する日本陸連の河野匡氏。奥は尾県貢専務理事)
すでに各メディアで報道があったとおり、2020年の東京五輪では男女マラソンの日本代表の選考方法が大きく変わる。先日、その選考方法が日本陸連から発表された。やや複雑ではあるものの、選考基準がしっかりと明文化されたことで、これまでの五輪でつきまとったゴタゴタからは解放されそうだ(もっとも、そのゴタゴタが、マラソン人気、注目度の高さの指針にもなっていた気もするが……)。
その選考方法のあらましはほぼ既報どおり、事実上の代表選考レースとなるマラソングランドチャンピオンレース(以下、MGCレース)が開催されるのが、これまでと最も異なる点だ。五輪前年の2019年9月以降に開催されるこのレースで、少なくとも2人、最大3人が選出される。
選手にとっては、MGCレースの出場権を得ることが最初の関門となる。その方法はまず、今夏から2019年3月までに、MGCシリーズと称される国内メジャーレースで、下記のとおり一定の成績を収めなければならない。また、世界大会や国際大会で一定の成績を挙げた選手は、ワイルドカードでMGCレースに出場できる。
<MGCシリーズとMGCレースに出場するために必要な成績>
(男子)
(女子)
(ただし、すでにMGCレース出場資格を有している競技者は、日本人順位に含まない)
<ワイルドカード>
1)2017 年 8 月 1 日~2019 年 4 月 30 日までの「国際陸上競技連盟が世界記録を公認する競技会」 で、①、②のいずれかを満たした競技者
①男子 2 時間 08 分 30 秒以内、女子 2 時間 24 分 00 秒以内
②期間内の上位 2 つの記録の平均が、男子 2 時間 11 分 00 秒以内、女子 2 時間 28 分 00 秒以内
2)第 16 回世界陸上競技選手権大会(2017/ロンドン)8 位入賞者
3)第 18 回アジア競技大会(2018/ジャカルタ)3 位入賞者
4)MGCシリーズ各大会において、気象条件等によりMGCレースへの出場資格を1名も満たさなかった場合、強化委員会が出場資格相当と判断した競技者
ちなみに2016−17シーズンにMGCシリーズの男子5大会、女子4大会で、MGCレース出場資格相当の結果を残したのは、男子が9人、女子が6人いた(内訳は男子が福岡国際2人、東京4人、びわ湖1人、北海道1人、別府大分1人。女子がさいたま国際0人、大阪国際3人、名古屋3人、北海道0人)。
MGCレースに出場するだけでもなかなかハードルは高いようにも思えるが、男子はサブテン(2時間10分を切ること)レベル、女子は2時間27分を切る実力があれば、これらの基準をクリアしてくるだろう。
(写真=2015年の東京マラソンで2時間7分39秒を記録。日本人歴代6位となる記録で、現役選手としては最高タイムを保持する今井正人)
現実的には2位以内が日本代表に内定するMGCレース
そして開催日は未定だが、19年9月以降にMGCレースが開催され日本代表選手が決まる。参加資格を得るための予選(MGCシリーズ)、そして一発決勝の選考レース(MGCレース)と、2段階選考方式をとることで高い調整能力が求められる。
このMCGレースで優勝した選手は即内定となる。MCGレースでは最低でも男女各2人に内定が出るが、必ずしも2位の選手に内定が出るとは限らない。2人目の選考基準は以下のとおりだ。
(以下、選考基準より抜粋)
(2)MGCレース2位又は3位の競技者の内「MGCレース派遣設定記録」を突破したMGCレース最上位の競技者
(3)選考基準(2)を充たす競技者がいない場合、MGCレース2位の競技者
(2)にある「MGCレース派遣設定記録」が設けられているのは、“世界と戦う「スピード」を有する競技者”を選出するためだろう。しかし、この「MGCレース派遣設定記録」がかなり高い設定だ。
MGCレース派遣設定記録
男子:2 時間 05 分 30 秒
女子:2 時間 21 分 00 秒
有効期間:2017 年 8 月 1 日~2019 年 4 月 30 日
対象競技会:国際陸上競技連盟が世界記録を公認する競技会
女子で2時間21分を切ったのは歴代でも3人しかいない。男子にいたっては日本記録を46秒も上回っている。筆者は今回の選考方法におおむね賛成だが、異議があるとすればこの点だ。“世界で戦う”という観点からすれば妥当な基準なのかもしれないが、男子の設定は特に高過ぎて非現実的な数字のように思える。高い設定記録が強化につながるとは思えない。せめて日本記録相当など現実的な記録のほうが、選手たちにとっても目指しやすいのではないだろうか。このMGCレース派遣設定記録を意識して、MGCシリーズに臨む選手がどれほどいるか疑わしいものだ。
したがって現実的に考えれば、MGCレースで2位に入った選手が、2人目の日本代表に選ばれる可能性が高いだろう。
(写真=2017年の名古屋ウィメンズマラソンで日本人女子歴代4位の記録となる2時間21分36秒でゴールした安藤友香)
「大人の理由」で生まれたMGCファイナルチャレンジ
事実上の選考レースとなるMGCレースが開催されるものの、瀬古利彦マラソン強化戦略プロジェクトリーダーいわく、「いわゆる大人の理由」から選考レースが完全一本化されはしなかった。つまりは、従来の選考レースだった大会主催者、スポンサーへの配慮やテレビの放映権などの問題があってのことだろう。
3人目の代表は、従来の選考レースだった男女各3レース(男子は福岡国際、東京、びわ湖。女子は、さいたま国際、大阪国際、名古屋)をMGCファイナルチャレンジとし、ここで最もタイムのよかった選手が選出されることになった。
ただし、このMGCファイナルチャレンジで「MGCファイナルチャレンジ派遣設定記録(※19年5月発表予定)」をクリアする選手がいなかった場合は、MGCレースの2位または3位の選手が選出されることになる。つまり、結果的に3人全員がMGCレースのトップ3になるということもあり得る。
また、MGCファイナルチャレンジで最も記録がよかった選手でも、MGCレースに出場(完走)またはMGCレースの出場資格を有していない場合は選出されない。3人目は記録重視とはいえ、一発屋は選出されない仕組みになっている。「MGCファイナルチャレンジ派遣設定記録」がどの程度に設定されるかにもよるが、最後まで白熱したレースが見られそうだ。
スケジュール上で発生する懸念点
©共同通信(写真=初マラソンとなるボストン・マラソン男子で、2時間10分28秒をマークし3位に入った大迫傑)
もちろん問題点もある。
このような選考方法を採用することで、19年10月開催の世界選手権ドバイ大会には、有力選手を送り出すことができなくなった。世界と戦う貴重な機会を軽視せざるを得ないのは残念なことだ。もっとも、あえて世界選手権に出場し、MGCレースではなくMGCファイナルチャレンジで代表を狙うという、頼もしい選手が現れれば面白いが……。
MGCファイナルチャレンジの各レースが従来どおりの時期に開催される場合、男子の福岡国際は12月、女子のさいたま国際は11月の開催なので、9月以降に開催予定のMGCレースと開催時期が近過ぎてしまう。十分な準備期間を設けられないので、必然的に年が明けてからのレースに再チャレンジする選手が集中するのではないだろうか。まして女子のさいたま国際は、他の2レースよりも記録が出にくい。「大人の理由」もむなしく軽視される恐れがある。
また、勝負重視のMGCレースが牽制し合うレースになった場合、記録が低調になることもあるだろう。一方、記録重視のMGCファイナルチャレンジで、MGCレースを上回る好記録が続出することは十分にある。また、あと少しのところでMGCレースに出場できなかった選手が、MGCファイナルチャレンジや海外マラソンなどで、とてつもない記録を出すこともあるだろう。明確な選考基準があるゆえ仕方のないことだが、そういったケースが続出したときに世間はどんな声を挙げるだろうか……。そのときになって、また新たな議論が巻き起こるかもしれない。スッキリした選考方法=ベストメンバーを選ぶ方法ではないことを、我々一般のファンも念頭に置かなければならないだろう。
いずれにせよ、今夏からいよいよ東京五輪に向けた戦いが始まる。4月17日のボストンマラソンで3位に入った大迫傑(ナイキ・オレゴン・プロジェクト)や2月の東京マラソンをハイペースで突っ込んだ設楽悠太(Honda)ら、トラックで活躍している選手も続々と東京五輪を見据えてマラソンに取り組みだした。
男女各3枚しかない切符をめぐる争いが、ハイレベルなものになることを期待したい。そして、選考会のみならず五輪本戦でも活躍してくれることを望む。