文=中村大晃

モンチ新SDの就任会見での言葉で事態は動き出す

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 稀代のファンタジスタは、このような晩年を想像していただろうか。トップチームでデビューしてから24年。フランチェスコ・トッティがローマのユニフォームを脱ぐ日が近づいている。

 5月3日、セビージャからやって来たローマのモンチ新SDが就任会見に臨んだ。その中で彼が発したトッティの進退に関するコメントは、事実上の引退勧告だった。

「来たばかりの私が知っているのは、今季が選手としてのラストシーズンであり、来季からのフロント入りでクラブと合意しているということだけだ」

 世界が「トッティ引退」と報じたこのモンチのコメントは、昨年の契約延長時にクラブが公式声明で発表した内容を繰り返したものでしかない。ローマはすでに、今季がトッティにとって「選手としてのラストシーズン」になるとアナウンスしていたからだ。

 だが、本人による引退表明がなく、現役続行への未練も報じられていただけに、トッティの進退が常に議論の的となっていたのも事実。その中でのモンチの発言は、クラブがその姿勢を変えていないことを強調し、ひいてはトッティに引導を渡す形となった。

 こうして、トッティは二択を迫られることになった。クラブの希望通りに引退してフロント入りするか、愛するローマを離れて他クラブで現役を続けるかのどちらかだ。

 正確には、首脳陣を翻意させるという選択肢もあるが、非現実的だろう。ジェームズ・パロッタ会長は、昨年もトッティの引退を望んでいたからだ。昨季はチャンピオンズリーグ出場に導く貢献もあり、世論に押されて契約延長に至った。だが、パロッタは再度の「延命措置」を考えていない。

 一方、「バンディエーラ(旗頭)」と言われる選手たちが移籍という道を選んだケースは、決して少なくない。ユヴェントスのアレッサンドロ・デル・ピエーロ、レアル・マドリーのラウール・ゴンサレス、バルセロナのシャビ・エルナンデスらも、愛するクラブで引退することはできなかった。

 ただ、マドリーを筆頭にメガクラブからのオファーを断り、ローマ一筋を貫いたからこそサポーターから愛されたトッティが、自らトリゴリア(練習場)を去るとは想像し難い。しかも、トッティはすでに40歳だ。また、引退後から6年間という長期にわたるディレクター契約もすでに結んでいる。

 結局のところ、最も現実味があるのは、クラブが敷いたレールに乗ることだ。ミランのパオロ・マルディーニは41歳、インテルのハビエル・サネッティは40歳で現役に別れを告げている。トッティがスパイクを壁にかけるのは自然なことだ。

 マルディーニやサネッティと異なるのは、トッティが自ら区切りを定めなかったという点だ。「本人の意思に反したクラブの決定」という見方は消えず、だからこそ是非を問う議論が絶えない。トッティ信奉者は、アメリカ資本の現首脳陣を「悪」とみている。一方、個人よりクラブ優先という主義のサポーターは、トッティであっても「引退すべし」という姿勢だ。

ローマの10番は、どのような決断を下すのか

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 熱狂的な街ローマにおいて、「フランチェスコ・トッティ」という存在は、おそらくは本人ですらもはやどうにもできないほどに大きくなりすぎた。近年、その処遇があまりにデリケートな問題となり、チームに少なからず影響したことは否めない。

 先日のミラン戦でトッティを起用しなかったルチアーノ・スパレッティ監督が批判されたのも、その一例と言えるだろう。「カルチョのスカラ座」と言われるサン・シーロでの、おそらくはラストゲームとあり、ミラニスタさえもトッティの出場を望んだが、指揮官は最後まで背番号10を使わなかった。

 試合後、「以前は終盤の数分間での起用が批判され、今日は起用せず批判される。どうしたらいいか分からない」と嘆息した指揮官は、ついに「過去に戻れるならローマを指揮しないだろう」とまで口にした。それほど、ローマにおけるトッティの扱いはデリケートであり、悩みの種なのだ。

 ローマへの愛と忠誠を貫いたトッティには敬意を払うべきという意見も、いかなるアイドルでもクラブを最優先すべきという意見も、それぞれ正しいはずだ。あとは、バランスの取り方が重要になる。だが、ローマとトッティの場合、そのバランスを取れないところまできてしまったのではないか。

 トッティがどのような心境でどういった決断を下すかは分からない。確かなのは、類まれなる創造力で世界を魅了してきた名選手の最後が少しでも美しい幕引きになることを願うサッカーファンや関係者は多いということだ。デル・ピエーロはこう述べている。

「自分のように、幸せな気持ちで、満面の笑みで、キャリアを終えてほしい」

 舞台は整いつつある。11日、本拠地オリンピコでの最終節ジェノア戦(28日)のチケットが発売されると、サポーターは販売店やオンラインサイトに殺到した。“満員御礼”は確実。誰もが願うハッピーエンドを迎えられるかどうか、あとはトッティ次第だ。


中村大晃

東京出身。某百貨店での5年にわたる勤務を経て、2004年にイタリア・ミラノへ留学。ミランとインテルが本拠地とする「サン・シーロ」の全試合を取材しつつ、ワールドカップ優勝やカルチョーポリなどイタリアサッカー激動の時期を体感。2008年に帰国し、以降は日本で活動。2016年までGoal.comにて副編集長など歴任。フリーランスとして各種サッカーサイトに携わり、「Yahoo!ニュース 個人」などに寄稿。