文=山中忍
昨季10位からの王座奪回
「苦しみに耐えなければならかったからこそ喜びは格別」。チェルシーが今季プレミアリーグ優勝を決める前日の5月11日、アントニオ・コンテは言っていた。指揮官の発言通り、新体制下での王座奪回は「ハードワーク」の賜物だ。
「work」と「hard」は、昨年7月の就任会見に始まり、イタリア人新監督が口癖の「for sure(確かに)」よりも頻繁に口にした英単語だ。昨季をまさかの10位で終えたチームには、契約締結でクラブを訪れた昨春の時点で「並の努力では復活などできないぞ」と釘を刺していた。アメリカ西海岸でのプレシーズンは、欧州の選手には猛暑の気温30度でも二部練習。食事の管理も厳格化された。
昨季よりも汗を流して節制した成果は、開幕後にプレーメイカーのエデン・アザールから守護神のティボ・クルトワまでが認めていた「フィットネス向上」。だからこそ、シーズンの大半をほぼ固定のメンバーで戦い抜くことができた。優勝決定までにリーグ戦で先発した選手は計18名。固定の印象が強かった昨季レスターの数字よりも1人少ない。
昨季で地に落ちたチームの自信と優勝への勢いが高まる一大転機が、3-4-3システムの基本化と同時に始まった7節からの13連勝であることは言うまでもない。この背景には、うんざりする選手もいたと聞く徹底した反復練習がある。コンテ自身は母国で採用実績のあった3バックも、チェルシーでは異例の基本システム。その上、プレシーズンでは4-2-4に取り組んでいながら、前線に意中のアルバロ・モラタを加えられずに昨季までの1トップで開幕を迎えた形でもあった。「急遽」と表現してもよい3バック習得は、欧州戦がなく時間も取れる練習グラウンドで最大限の努力を必要とした。
すべてに関与した最大のハードワーカー
©Getty Images 最終ライン中央で4バック当時とは見違える堅実な守りを見せたダビド・ルイスと、在籍5年目にして初の定位置を右ウィングバックに見出したビクター・モーゼスは、揃ってコンテの「密接な指導」と「頻繁な助言」に感謝している。本職はウィンガー兼FWのモーゼスは、試合中にもタッチライン越しに叫ぶ監督からポジショニングを指示されていた。黙々と学んで走り続けたモーゼスは、優勝を決めた36節ウェストブロミッジ戦(1-0)での筆者が選ぶマン・オブ・ザ・マッチ。チームとしても、同節終了時点で76得点29失点の数字が示す攻守の安定性で、攻撃時には3-2-5、守備時には5-4-1となるシステムをマスターした努力が報われた。
ウィングバックの存在で守備の負担が減ったアザールも、リーグ戦先発35試合で15ゴール5アシストと本領を発揮したピッチ上で、攻撃の「自由」を謳歌していただけではない。優勝を決めた一戦では、終盤に生まれたミシー・バチュアイの決勝ゴールと共に忘れ難いシーンが1つ。前半13分、後方にはダビド・ルイスだけの状態で受けた敵のカウンターを、猛ダッシュによる追走で減速させたのはアザールだった。チーム最高の総走破距離を誇る新ボランチのエンゴロ・カンテを怪我で欠いた一戦で、「ハードワーク」の浸透が改めて確認された場面でもある。
もっとも、最大の「ハードワーカー」は就任会見で自らをそう呼んだ新監督だ。流暢ではないが英語で通す姿勢からして、その努力が記者陣に認められた。アメリカ遠征中にピザがメニューから消えた理由を選手たちに説明したのがコンテなら、西ロンドン郊外の練習場でコーンやダミーを並べるのもコンテ。3バックが持ち駒に最適なシステムとなり得たのは、戦術眼の他に練習映像にも目を通して選手の長短を見極める勤労があったからだ。
新体制下では、主将のジョン・テリー、司令塔だったセスク・ファブレガス、昨季チーム最優秀選手のウィリアンらにベンチが増えた。エースのジエゴ・コスタも、中国からの超高年俸オファーに心が揺れた今年1月にメンバー漏れを経験。舞台裏での配慮がなければ、大物から不満の声が漏れていたかもしれない。コンテは、昨年4月の初対面から選手との対話に時間を惜しまなかった。集団としての扱い方も同様。高級レストランに事欠かないチェルシー近辺では、同じイタリア人のカルロ・アンチェロッティも監督として「イタ飯」を振る舞ったことがあるが、コンテは定期的に食事会を設けてきた。
そして、試合中も選手たちと「一緒」。優勝直後の37節ワトフォード戦(4-3)でも、チャンスにテクニカルエリアでヘディングやボレーを打とうとする監督の姿があった。「ハードワーク」でチームを勝利へと牽引する指揮官は、同節観戦プログラム上の監督コラムを「FAカップでも優勝できたら最高だ」と結んでいる。コンテ体制1年目のチェルシーは、クラブ史上2度目となるリーグとFAカップの二冠を以って完全復活を告げるべく、決勝のウェンブリー・スタジアムでアーセナルと闘う今季最終戦に挑む。