文=原功

 5月20日、東京・有明コロシアムで行われたアッサン・エンダム(33=カメルーン/フランス)対村田諒太(31=帝拳)のWBA(世界ボクシング協会)ミドル級王座決定戦は、開始ゴングから約50分後、誰も望まぬかたちの騒動とともに結末を迎えた。翌日と翌々日の各紙には「村田」の名とともに追及の矛先として「WBA」の文字が並んだ。

 WBAは100年近い歴史を持つ老舗の王座認定団体だが、今回の件をはじめ近年は統括能力を疑問視する声が多い。そもそも1つだった認定団体がWBC(世界ボクシング評議会)、IBF(国際ボクシング連盟)、WBO(世界ボクシング機構)の4つに増加したのも、遡ればWBAの組織力低下が招いた結果ともいえる。本件に限らず、しばしばボクシング界の大きな問題として露見する主要4団体の歴史と現況を紹介しよう。

4団体の“源流”でありながら迷走が目立つWBA

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 WBAは1921年に組織されたNBA(全米ボクシング協会)が前身となっており、62年に現在の名称に変更。本部はパナマにある。当時は唯一の世界王座認定団体として絶対的な権威を持っていた。いまだに破られていないジョー・ルイス(アメリカ)の世界ヘビー級王座25度防衛(1937年~49年)やシュガー・レイ・ロビンソン(アメリカ)のミドル級王座5度獲得などは、NBAの認定下で記録されたものである。

 しかし、近年は不要な暫定王座や明確な規定のないスーパー王者を認定するなど迷走が目立つ。そのため日本は世界王座の権威を守るべく、数年前に「WBAの暫定王座は認めない」という独自の自衛策を打ち出したほどだ。現会長のヒルベルト・ヘスス・メンドサ会長(ベネズエラ)は前会長の息子で、昨年3月に亡くなった父親の跡を継ぐかたちで会長に選出された。そのメンドサ会長は「団体内の王者は1階級に1人」という当たり前の方針を打ち出してはいるが、現状は伴っていない。

 ミドル級の絶対王者、ゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン/アメリカ)が最初に手にした世界王座がWBAのものだった。このほかスーパー・バンタム級スーパー王者としてギジェルモ・リゴンドー(キューバ/アメリカ)ら卓抜した技量を持つ王者がいる。日本人ではライト・フライ級の田口良一(ワタナベ)、フライ級の井岡一翔(井岡)、スーパー・バンタム級の久保隼(真正)、さらにベネズエラ出身でライト級のホルヘ・リナレス(帝拳)がWBAのベルトを保持している。

改革を進め、WBAを凌ぐ規模となったWBC

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 NBAがWBAと名称変更した翌63年、諮問機関としてWBAの内部に設けられたのがWBCだ。その後、68年に分離独立したWBCはほどなくしてWBAとは異なる世界王者を認定することになる。その悪影響をもろに被ったひとりが輪島功一だった。輪島はWBA、WBCのスーパー・ウェルター級王者だったが、双方の団体から別々の相手との防衛戦を強要された。もちろん短期間内に2試合をこなすのは不可能で、結果としてWBC王座を剥奪されてしまった。

 WBCでは75年にホセ・スライマン氏(メキシコ)が会長職につき、世界戦を15回戦制から12回戦制に変更したり計量を試合当日から前日に繰り上げたり、さらに途中採点公開制など数々の改革に着手。加盟国を160以上に伸ばしてWBAをしのぐ勢力に拡大した。ちなみに現会長のマウリシオ・スライマン氏は、14年に死去した前会長の息子だ。本部はメキシコ。ヘビー級王座には38戦全勝(37KO)のデオンタイ・ワイルダー(アメリカ)が君臨している。日本人ボクサーでは20日に戴冠を果たしたライト・フライ級の拳四朗(BMB)、フライ級の比嘉大吾(白井・具志堅)、12度の防衛を記録しているバンタム級の山中慎介(帝拳)がWBCの緑色のベルトを持っている。

“アメリカ・ファースト”で誕生したIBF

 IBFはアメリカの有力プロモーターらが中心になり、WBAとWBCに対抗するかたちで83年に設立された。会長にはWBAの会長選挙で敗れたロバート・リー氏(アメリカ)が就任。さっそく各階級で初代世界王者を認定する作業が行われたが、なんと12人のうち11人がアメリカの選手だった。「アメリカ・ファースト」が徹底されていたのだ。

 その年、日本でもIBFの世界タイトルマッチが行われたが、日本ボクシングコミッション(JBC)とは別の組織が運営、管理したものだった。翌84年には新垣諭がバンタム級でIBF王座を獲得したが、JBCは2013年にIBFとWBOに加盟後も新垣を世界王者として認定はしていない。本部はアメリカのニュージャージー州に置かれている。4月にウラジミール・クリチコ(ウクライナ)を11回TKOで退けた19戦全KO勝ちのアンソニー・ジョシュア(イギリス)がヘビー級王座に君臨している。日本人ではスーパー・バンタム級の小國以載(角海老宝石)が唯一のIBF王者だ。

デラ・ホーヤやパッキャオで名を上げた最後発のWBO

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 88年のWBA総会の際、反主流派が独立して立ち上げたのがWBOだ。さすがに4つ目の団体ということで設立当初は力量に疑問符のつく世界王者がほとんどだった。

 しかし、90年代にオスカー・デラ・ホーヤ(アメリカ)やナジーム・ハメド(イギリス)といったスター選手が王座についたことで団体の認知度とベルトの価値が急上昇。その後もビタリ&ウラジミールのクリチコ兄弟がヘビー級王座につくなど、21世紀を迎えるころには先行する3団体と肩を並べるほどになった。ただ、本部のあるプエルトリコの選手を優遇する傾向がみられるのも事実だ。なお、このところプエルトリコが経済難に陥っているため、アメリカのフロリダに本部を移すプランも浮上している。

 この団体の代表的な世界王者としては、6階級制覇の実績を持つウェルター級王者、マニー・パッキャオ(フィリピン)、プロ7戦目で2階級制覇を成し遂げたスーパー・フェザー級王者、ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ/アメリカ)などがいる。日本人ではミニマム級の福原辰弥(本田フィットネス)、ライト・フライ級の田中恒成(畑中)、そしてスーパー・フライ級の井上尚弥(大橋)がWBO王座に君臨している。

団体間で異なるルールも。選手やファンは置き去りか

 これら4つの団体には微妙なルールの違いがある。たとえばWBAは1ラウンド中に3度のノックダウンがあれば自動的にKOとしているが、他の3団体はダメージが浅ければ試合を続行可とするノー・3ノックダウン制を採っている。一方、WBCの途中採点制は他団体では採用されていない。さらに計量に関してもIBFだけが試合前日に加え当日も計測を課しており、選手のリバウンド(増量)を10ポンド(約4.5キロ)以下に抑えるよう規定している。

 なお、採点やジャッジの教育に関してはWBC、IBF、WBOの3団体が積極的な姿勢を示しているのに対し、WBAだけが後れをとっているという指摘がある。今回のエンダム対村田戦の騒動は、そうした組織力低下の延長線上にあったといえるかもしれない。

 4団体は共通の利益が見えたときは歩み寄りをみせることもあるが、すぐに歩調がずれて自団体の利益と保護を優先する傾向にあるといえる。4団体制になってから29年、自力で一つずつ王座を吸収して4団体統一王者になった選手が、いまだにミドル級のバーナード・ホプキンス(アメリカ)ただ1人だけという事実がそれを裏づけている。世界戦の数が増えたことを挙げて4団体並立を歓迎する人もいるが、王座の権威が落ちたと嘆く識者やファンの方が圧倒的に多い。世界王座とルールの統一はボクシング界に課された急務といってもいいだろう。それができず、自団体優先主義が今後も変わらないのならば、ボクシングの将来は厳しいものになっていくかもしれない。

原功

著者プロフィール 原功

1959年4月7日、埼玉県深谷市生まれ。82年にベースボール・マガジン社に入社し、『ボクシング・マガジン』の編集に携わる。88年から99年まで同誌編集長を務め、2001年にフリーのライターに。 以来、WOWOW『エキサイトマッチ』の構成を現在まで16年間担当。著書に『名勝負の真実・日本編』『名勝負の真実・世界編』『タツキ』など。現在は専門サイト『ボクシングモバイル』の編集長を務める。