井上が保持するメジャー4団体——WBA(世界ボクシング協会)、WBC(世界ボクシング評議会)、IBF(国際ボクシング連盟)、WBO(世界ボクシング機構)——の防衛回数は順に3、4、3、4となった。統一王座としては3度目である。現在、ボクシングの全17階級で4団体を統治しているチャンピオンはこの井上とライトヘビー級のアルツール・べテルビエフ(カナダ)のみ。偉業が際立つ。
「リヤド・シーズン」との大型契約後初戦
さらに今回井上はもう一本のベルトを巻いていた。リングマガジン・ベルトは米国の老舗専門誌が独自に認定するチャンピオンの称号であり、ステータスの高さは4団体をしのぐほど。昨年、サウジアラビアのトゥルキ・アル・シェイク総合娯楽庁長官がこのリングマガジンを買収したことで話題になった。トゥルキ氏が主導する「リヤド・シーズン」と井上が11月に推定総額30億円のスポンサー契約を結んだのはご存じのとおりだ。その初戦となるこの日、井上の白のトランクスにはベルト部分にリヤド・シーズンのロゴが入っていた。
リングの井上はいつものように挑戦者を圧倒した。ゴングが鳴ってサウスポーのキムと向き合うと、左ジャブで探りを入れる。右ストレートも上下に伸ばす。キムは最初の3分間ほとんど手を出さなかった。
2回の井上は攻撃のテンポを上げ、キムに右ストレートが届く。キムも左ストレートを繰り出す。その2発目に右を合わせる井上。3回、チャンピオンのかけるプレッシャーに押されるキムは時折2発3発とまとめ打ちをして抵抗を試みる。これが井上の顔面に届くこともあった。
珍しいシーンだったが、井上の動きが悪いようには見えない。あとで井上はこう振り返った。
「急きょ決まった相手でもあり、対策不足もあったので、リングの上で確認をしながらの戦いでした」
今回の井上戦は開催に至るまで波乱続きだった。当初は12月24日にサム・グッドマン(オーストラリア)の挑戦を受けるはずだった。それが本番の10日前にグッドマンが練習中に負傷(左目上カット)したため1ヵ月延期。ほとんど仕上がりの段階だった井上は、ウェイト調整のペースを一旦ゆるめた。
異例ずくめの試合
さらに大きなハプニングはその後だ。今度は1月11日、グッドマンが再び負傷し、傷をさらに深くした。あえなくグッドマンはアウトとなり、代役としてキムが挑戦することになったのだ。キムは万が一の事態に備えて用意されていたリザーブ選手だった。
試合前の最終会見で井上は「(結果的に)長期間かけて体を仕上げることは自分にとってプラスになった。この先のビッグマッチに向け、調整していく参考になりました」と語り、万全の仕上がりをアピールした。その一方で急造挑戦者との試合について「映像はサラリと見た程度です。あとは25年の自分のボクシングキャリアを信じて戦う」と話していた。
その言葉どおり、井上はリングでキムの戦力をチェックしながら戦いを進めていたのだ。
フィナーレは4ラウンドに訪れた。井上の左ボディーフックがとらえると「カモン」とグローブで手招きしたキム。すかさず井上が左フック、右強打で煽る。なおもキムが「カモン」と強がった次の瞬間に強烈なワンツーが飛び込んでいった。吹っ飛んだキムはネルソン主審にテンカウントを数えられた。
最強のチャンピオンに勇んで挑み、はね返されたキムは試合後、「負けたので、試合を受けたことを後悔しています。半分冗談、半分本音です」と、複雑な心境を明かした。
戦前、井上は言っていた。「自分の中で大きく考えが変わるわけではないけど、(リヤド・シーズンとの)契約1戦目なので落とせない。気負いなく、そこは自分を信じてるやるだけです。あとは、ラスベガスの試合と、サウジでの試合と、両立していけたらいいなと思います」
異例ずくめのキム戦を文句のつけようがない内容で勝利した井上は、いよいよ次戦再びラスベガスのリングに上がる予定。「日本という偉大な国はショウヘイ・オオタニという素晴らしい選手をロサンゼルスにもたらしてくれました。今度はナオヤ・イノウエという素晴らしいボクサーをラスベガスにもたらしてください」。米国の共同プロモーター、トップランク社のボブ・アラム氏は最大級の賞賛を送り、モンスターの上陸を待っている。