なにしろ歴史的な一戦だった。1993年2月20日にメキシコはアステカスタジアムで挙行されたチャベス-ホーゲン戦には実に13万6274人の観衆が詰めかけたのだ。これは有料試合の最多観客動員数としてレコードブックに刻まれ、いまだに破られていない。井上尚弥(大橋)が昨年ルイス・ネリ(メキシコ)を撃退した試合は東京ドームに4万3000人を集めた。この記録もものすごいのに、チャベス-ホーゲン戦がいかに途方もないものであるのか、推して知るべしだ。
なぜこれだけの数が集まったのか。メキシコの英雄フリオの凱旋試合であったこと、木戸銭が安かったことも理由だろう。スタンド最上段の最安値チケットは当時の価格で200円だったという。そんな場所からはリングの両者を見分けるのも困難であるに違いない。それでもこの試合が観たかったのだ。それに試合はケーブルテレビで中継されたが、まだ普及率が低く、多くの人々は試合会場に足を運ぶしかなかった。
挑戦者ホーゲンのキャラも立っていた。戦前、ホーゲンはチャンピオンに向かってこう言い放ったものだ。
「チャベスが対戦したうちの60人は、オレのオフクロでも倒せるようなティファナのタクシー・ドライバーだ」
この時チャベスは84戦全勝(72KO)の驚異のレコードを誇っていたが、それは相手が弱いから達成できたのだ、と恐れを知らぬホーゲンは小馬鹿にしたのだ。プライドを傷つけられたチャベスが当然怒る。嫌でも試合は盛り上がった。
大観衆が起こす波乱
さておき、13万は想像も及ばぬところとしても、大観衆の中で行われるボクシングとはいいものである。井上も、東京ドーム戦、さらに前の2万2000人を動員したさいたまスーパーアリーナ戦(ノニト・ドネアに12回判定勝ち)のパフォーマンスから推察するに、多くの観衆が集まれば集まるほど力を発揮するタイプだろう。ご存じの通り、ネリ、ドネア第1戦ともにその年の「年間最高試合賞」に選ばれるほどで、モンスター井上の代表試合である。
チャベス-ホーゲン戦に塗り替えられるまでは、1926年のフィラデルフィア、ジャック・デンプシー-ジーン・タニーの世界ヘビー級戦が12万757人で最多観客動員レコードだった。これは、アメリカのローリング・トウェンティを象徴するスポーツヒーロー、デンプシーが世界ヘビー級チャンピオンとして最後に戦った防衛戦である。大豪デンプシーが敗れるという歴史的な試合となった。
ちなみにデンプシーが世界タイトル奪還をかけて今度は挑戦者としてタニーに挑んだ第2戦は、シカゴのソルジャーズフィールドに10万4943人を集めた。デンプシーは7回に王者タニーからダウンを奪ったが、新ルールに則ってニュートラルコーナーで待機しなかったため主審に注意され、カウントの時間をロスした。KO機を逃したデンプシーは回復したタニーに判定負けでリベンジに失敗。デンプシーが素直にルールを理解してニュートラルコーナーに向かっていれば……とファンを歯がゆがらせた「ロングカウント事件」として、これもまたボクシング史に残っている。
大観衆の見つめる中で行われる試合は(たとえ名勝負にならずとも)何かが起こる可能性が高まるものなのかもしれない。
もっとも、最多動員記録のチャベス-ホーゲン戦に波乱はなかった。試合はチャベスがホーゲンにキャリア初のTKO負けを味わわせ、メキシコ・ファンを大いに満足させたのだ。いいところなく敗れたホーゲンは試合後に潔く前言を撤回した。
「打っても、打っても、打ち返された。チャベスはとんでもないファイターだ。メキシコのタクシー・ドライバーたちはきっと、相当タフだったんだろう」