文=山中忍

「ビジネス下部組織」と評されるチェルシーのアカデミー

 今やイングランドの夏と言えば、プレミアリーグ勢による移籍金総額の記録更新の夏。そして、チェルシーによる大量レンタル放出の夏。

 下部組織にもタレントが多いビッグクラブが複数の若手を修行に出すケースは珍しくない。しかしチェルシーは、育成重視で知られるアーセナルをはじめとする国内ライバルの約2倍もの選手を他クラブに預けるシーズンが続いている。昨夏は出しも出したりの38名。“高度”なレンタル活用ぶりがメディアで少なからず騒がれた。

 言うまでもなく否定的な報道だ。チェルシーは、アカデミー産の選手を売り時が訪れるまでレンタル移籍で“ショーウィンドウ”に飾るという見方をされている。1年前、6つ目のレンタル移籍先となったバーンリーに出され、今冬に600万ポンド(9億円弱)でミドルズブラに売られたパトリック・バンフォードが最新例の1人。23歳のイングランド人FWは、2014-15シーズンに当時レンタル先のミドルズブラで計19得点を挙げても戦力候補として呼び戻してはもらえなかった。ユースレベルでの「先行投資」はUEFA(欧州連盟)のファイナンシャル・フェア・プレー規則で検査される支出額には含まれず、レンタル中の選手給与は一般的に移籍先クラブが負担するといった帳簿上のメリットもあり、チェルシーのアカデミーを「ビジネス下部組織」と呼ぶ声さえある。

 ただし当のチェルシーにアカデミーを「誇り」と呼ぶ者はいても、悪びれる様子を見せる者はいない。たしかに、ルール違反を犯しているわけではないのだから罪悪感を覚える必要はない。レンタル移籍に関するクラブの遵守義務は、国内のクラブからレンタルで獲得する選手数の上限だけとなっている。

有望株をそろえるアカデミーは結果を出しているが…

©Getty Images

 チェルシーが大量のレンタル放出に対応するための体制を整えていることも事実だ。国内外に散らばっている若手を管理する責任者は、昨夏にレンタル選手専門テクニカルコーチとして古巣に復帰したエディ・ニュートン。過去に1軍チームスタッフ経験もあるニュートンは、クラブの地元西ロンドン生まれの元ユース出身MFでもある。彼の下にはコーチ2名とパフォーマンス分析者4名、他にコンディション管理を担当する専属のスタッフも揃う。移籍先での練習や試合に関する報告やフィードバックが頻繁に行われ、アシスタント・テクニカルコーチを務める元DFのパウロ・フェレイラも現地まで足を運ぶ。ソーシャルメディアを利用したコミュニケーションにより、レンタル放出組に同じ境遇のチェルシー選手としての一体感を生み出す努力も行われている。「国内にいる他クラブの若手よりも、海外にいるウチの若手の方が親身な対応を受けている場合もあるはずだ」とする、ニュートンの発言にも頷ける部分はある。

 とはいえ、ユースの有望株がトップチームでまともに登用されないまま売られる例が続くようでは、アカデミーから「戦力」を1軍に届けるのではなく、「商品」をレンタル移籍経由で外に運ぶベルトコンベアが動いていると言われても仕方がない。今季終了後にも、ドミニク・ソランケがチェルシーの選手としてプレミアのピッチに立つことなく去っていった。6月11日にイングランドが優勝を果たしたU-20W杯で大会最優秀選手となった今年20歳のFWは、リバプールではなくチェルシー1軍での来季以降が注目されているべきだった。

 テクニカル・ディレクターを務めるマイケル・エメナロが、「オーナー、1軍監督、アカデミー指導陣、経営陣、そして私自身も望んでいる」として、下部組織からの1軍戦力輩出を実現する意欲を公言してはいる。しかし、チェルシーのユースチームが、国内では今年にFAユースカップ(U-18)4連覇、欧州でも昨年にUEFAユースリーグ(U-19)2連覇を実現していることを考えれば、オーナーから監督まで、チェルシー首脳陣の若手登用に関する勇気と忍耐こそが、周囲の見方と1軍戦力輩出の状況を改善する鍵を握っていると言える。

 FWとして2部リーグで23得点と能力を発揮したばかりのタミー・アブラハム、CBとしてブンデスリーガで60戦以上をこなしたアンドレアス・クリステンセンなど、契約下の逸材がレンタル先で積んだ実戦経験は、「商品価値」ではなく「1軍戦力」としての裏付けと理解されなければならない。個人的には、近年のユース選手で最も強烈な印象を得たジェレミー・ボガをチェルシー1軍で見たいという願いもある。12歳でユース入りし、小柄だがスピード、テクニック、パワーの三拍子揃った攻撃的MFも、祖国フランスで過ごした2年間のレンタル移籍中に20歳になった。奇しくも21世紀のチェルシーで唯一の生え抜きレギュラーだったジョン・テリーがクラブを去った今夏、チェルシーの“レンタル政策決定者”たちには、帳簿に並ぶ数字ではなく、メンバー表に並ぶ選手を産み出す決意を新たにしてもらいたい。


山中忍

1966年生まれ。青山学院大学卒。94年渡欧。第二の故郷西ロンドンのチェルシーをはじめ、「サッカーの母国」におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会、及びフットボールライター協会会員。著書に『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリー・ライオンズ』(ソル・メディア)など。多分に私的な呟きは@shinobuyamanaka。