井上尚弥は、なぜ圧倒的に強いのか? 大橋秀行会長に訊く(前編)

村田の判定負け、ポイントは1Rに?

――改めて、村田諒太選手の判定はなぜあのようなことに?
 
大橋 いやいや、私が聞きたいぐらいですよ(笑)。相手選手のすぐ下で試合を見ていましたが、完全に村田の勝ちだと思いましたね。1R、2R、3Rと取られましたが4Rはダウンをとり、6R以降は完全に盛り返した。結構差がついて勝った試合だと思っていましたから。

ボクシングの採点はなんだか難しくなっちゃいましたね。フィギュアスケートみたいになって、世界チャンピオンになった僕が見てもよくわからない。これっておかしくないですか? WBAの会長が後から「採点は間違っていた」というのも、それはそれでおかしい話ですし。
 
――審判のジャッジミスなのかルール上の問題なのか、たしかに素人目にもわかりにくいジャッジでした。

大橋 あえてジャッジに助け船を出すなら、村田選手は1Rに関してほとんど3発程度しか手を出しませんでした。その際、ジャッジは相手に10-9で点数をつけています。この時の感覚で、ジャッジは「この試合は手数でジャッジしよう」という目安になった可能性はあります。村田が1Rでもう少し手を出して有効打を出していれば、判定は逆になったかもしれません。1Rはそういう印象を与えたのかもしれません、極端すぎたので。10-9をつけざるを得なかったですからね。
 
――やはり審判も世界戦に向けて用意される人ですから、そうそうおかしな人は選ばれにくいですよね。
 
大橋 やはり手数を取るか有効打を取るか、ボクシングの判定では結構分かれますからね。
 
――それにしても、敗れた後の村田選手の振る舞いは素晴らしかったですね。
 
大橋 よく冷静でいられたと思います。僕なら怒って叫んでいたでしょう。そういう意味では、試合に負けても勝負に勝ったといえるかもしれません。さすが、金メダリストです。

撮影:下田直樹

「この2日間で、ボクシング界の将来が決まってしまう」

――ここからは、ボクシング界の現状と未来について伺います。まず、井上選手の世界戦含めた5月20日・21日までの心境はいかがでしたか。

大橋 非常にナーバスでした。「この2日間で、ボクシング界の将来が決まってしまう」と思っていたからです。試合内容もそうですが、テレビの視聴率にも神経質になっていました。結果的に視聴率もよくてホッとしましたが、慢心はできません。今後が非常に大事で、試合のクオリティをより高めていく必要があります。近年、地上波からボクシングが離れつつあるのは危惧しています。そういう意味では、亀田興毅氏がAbemaTVで1,000万人の視聴者を集めた企画は今後のボクシング界にとってヒントになるでしょう。

――確かに、プロテスト受講者は15年間で半分以下に減少しています。

大橋 そういう意味でも、この前の5試合のような試合を継続せねばなりません。「ガチンコファイトクラブ」が放送されていた約18年前、ジムに来る若者の9割はプロテスト志望者でした。いまは、1割を切っています。アマチュア選手や、フィットネスを希望して来る人がほとんどなのです。「世界チャンピオンの横で練習できますよ!」というのをウリにしてはいます。
 
――なるほど、それは私のようなトレーニング好きにとってはたまらない訴求ポイントです(笑)。一般層に対してはどのように訴求を考えておられますか? 

大橋 やはり、インターネットですね。ボクシング中継はあと5年で地上波から消えて、ネット中継が主流になると思います。私たちのFBページも良いときは2000いいね!を頂戴しますし、インスタやブログで告知することでチケット売上にも良い影響が出ています。SNS経由でジムに入会する人も増えていますよ。FBページではジムの日常の練習も流すようにしています。
 
――大橋ジムさんでは、すでにたくさんの取り組みを行われているのですね。ただ、業界全体ではいかがでしょうか? 聞くところによると、ジムの新規参入はかなり難しいルールになっているとか。
 
大橋 昔は、周辺のジムに判子をもらってからでないと新規にジムを作ることができませんでした。今はその制度はなくなったのですが、それでもJPBAの協会加盟金として最大1,000万円を納付する必要があります。これは段階がありまして、元世界チャンピオンなら300万円、元東洋チャンピオンなら400万円、元日本チャンピオンなら500万円です。
 
私は9年間ボクシング協会の会長を務めていました。その立場からいうと、1,000万円の納金制は必要だと思っています。というのも、練習での事故が多い競技ですから。殴り合いのスポーツですから、プロが素人の育成管理を行なう必要があります。1,000万円納金というのは、参入障壁というよりも責任を持たせるための制度なのです。

撮影:下田直樹

女性人気、子どもの人気を取り戻したい

――今後、ボクシング界はどのような方向にかじを切るべきだとお考えですか?
 
大橋 やはり女性人気、子どもの人気を取り戻すことが不可欠だと思います。そのための施策の一つとして、9年前にボクシング協会の会長だった頃にU-15 Kidsボクシング大会を発足しました。当時、ボクシングは子どもの人気で空手に負けていたんです。また、大人もプロを受ける以外ではボクシングでの目標が設定しにくい。そこで「目指せ後楽園ホール!」と銘打って大会を発足したんです。そして、その初代チャンピオンが井上尚弥なんです。
 
――井上尚弥選手はKidsボクシング出身なのですね!
 
大橋 他には現WBO世界ライトフライ級王者の田中恒成、元OPBF東洋太平洋スーパーフライ級王者の松本亮もこの大会に出場していました。世界的にもジュニアの国際大会が開催されており、日本にも絶対にこうした大会が必要だと考えていました。
 
ただ、「子どもを殴り合わせるのか」「万が一があったらどうする」という安全面での危惧の声もありましたから、大きなグローブを使いヘッドギアを用いて、ちょっとパンチがあたったらダウンを取る。そういう対策は徹底的に行なっています。それによって、各ジムに子どもはすごく増えています。
 
また、殴ること自体に抵抗を持つ方もいらっしゃいますので、エアギターならぬ「エアボクシング」も9年前に発足させました。シャドーで対戦させるのですが、緊張感を持たせるためにジャッジには世界チャンピオンや東洋チャンピオンを起用したり、リングアナウンサーはプロを起用するなどしています。「エアーチャンピオンベルト」もあるんですよ。こういう形であれボクシングを経験した方は、後に競技のファンになってくださいます。それも一つの成果だと思います。
 
――実際、そこで他のスポーツに流れるかもしれない才能をフックアップできているわけですね。

大橋 そうなんです。キッズボクシングは全員がチャンピオンになるわけではないし、違うスポーツに流れるかもしれない。でも、一度子どもが出場すると、家族総出で観戦にきてもらえますよね。そうすると、経済効果という面でも大きいですね。

――キッズボクシングの人口が広がったら、競技人口での伸びも期待できそうですね。

大橋 CS日テレで10年間放送していただいているのですが、彼らも「未来のチャンピオンの幼少期の映像が撮れる」というところに目をつけています。他局に高く売れますし、地方の局にとってもチャンスなんですね。

――それにしても、いろいろな施策を実行されていて驚きました。ボクシング自体がまだまだキラーコンテンツであることは明らかですので、今後の発展に期待しています。

大橋 実際、私も「よくこれがスポーツとして認められているな」と思ったりします(笑)。殴り倒して10秒経ったら勝ち、というのは。血の気の多い連中に目標を与えている一方で、実際に強いのは血の気が多いやつとは限らない。これも面白いですね。
 
不良が強いとは限らない、やっぱり彼らは真面目に勉強できないから不良なんです。ウチに来て、不良でモノになったやつはまだ1人もいないんですよ。練習できないですから。

――本日は、興味深いお話をありがとうございました!

<了>

井上尚弥は、なぜ圧倒的に強いのか? 大橋秀行会長に訊く(前編)

VictorySportsNews編集部