山本聖子について

名前山本聖子
生年月日1980年8月22日
日本
出身神奈川県川崎市
プロフィール父は五輪メダリスト、姉、兄も選手、母は審判資格をもつレスリング一家に育つ。幼稚園からレスリングを始め、トキワ松学園に進学。

94年中高生対象の全日本オープン優勝に続き、一般も含む全日本選手権44キロ級で3位。95年全日本選手権50キロ級3位。97年アジア選手権51キロ級優勝。98年全日本オープン優勝。99年8月世界ジュニア選手権優勝、9月世界選手権51キロ級優勝。00年世界選手権56キロ級で優勝。164センチ。

レスリング一家で育ち、幼稚園児のころからマットで練習開始

山本聖子の父はレスリング日本代表としてミュンヘンオリンピックに出場した山本郁榮さんです。レスリングの審判資格を持つ母に加え、姉の美憂、兄の徳郁はレスラーという筋金入りのレスリング一家で育ちました。末っ子だった山本も例外でなく、レスリングのトレーニングを積むことになります。

山本がマットの上に立ったのは5歳の頃でした。この頃から山本は家族ぐるみの熱心なトレーニングの甲斐もあり、徐々に頭角を現すようになります。最初に山本が注目を浴びたのはトキワ松学園に進学した94年の全日本オープンでした。

この大会は中高生対象の大会で、14歳になる山本はこの大会で優勝します。さらに返す刀で一般も含む全日本選手権でも44kg級で3位に入る活躍を見せました。翌95年に行われた全日本選手権でも50kgに出場して3位、JOCジュニアオリンピックでは準優勝という成績を残します。

翌96年、山本はJOCジュニアオリンピックで初優勝を飾ります。続く97年にはジュニアオリンピックを連覇して、さらにアジア女子選手権、全日本高校女子選手権も優勝します。山本の名は高校レスリング会で知らない者はいないほどになりました。

高校卒業後、あらゆるレスリング大会で活躍

高校時代に輝かしい実績を残した山本聖子。卒業後には日本大学へ進学しますが、レスリングの実力はさらなる進化を遂げました。

まずは8月に行われた世界ジュニア選手権で優勝します。この大会は高校時代から続けての優勝となり、この大会で4連覇を達成します。さらに9月には世界選手権に51キロ級で出場して見事に優勝を飾りました。さらにジャパンクイーンズカップも制し、全日本女子選手権では準優勝とほとんどのタイトルで優勝しました。

日々のトレーニングの成果からか、年を追うごとに階級が上がり、翌2000年になると山本の階級は56キロに上がっていました。そこでも山本は世界選手権では56キロ級で優勝し2階級制覇を成し遂げます。翌01年も56キロで優勝して連覇を達成します。

また、03年になると59キロ級が山本の階級になり、この年の世界選手権では59キロで出場して見事に優勝を飾ります。山本は4年間で2回、階級を替え、3回も優勝する等実力を見せつけました。

階級の違いに泣かされて、アテネオリンピック出場ならず

選手として全盛期を迎えた山本聖子。59キロ級では無敵の強さを誇り、2003年には世界女子選手権、クリッパン国際大会、ポーランド・オープンなどのタイトルを手中に収めました。

そして翌04年、アテネオリンピックが開催されました。また、この大会から女子レスリングも正式競技として加わりました。レスラーとして最も脂がのった時期にオリンピックメダリストのチャンスを得た山本ですが、オリンピックの階級に山本は阻まれることになります。

山本が活躍していた世界選手権での階級は48キロ、51キロ、55キロ、59キロ、63キロ、57キロ、72キロの7階級。一方でオリンピックの階級は48キロ、55キロ、63キロ、72キロの4つに縮小。59キロ級がベストウェイトの山本にとってはピッタリな条件がないという状況でした。

このまま指をくわえてみているわけにはいかないとばかりに、山本は階級をひとつ下げて55キロ級でのオリンピック出場を目指します。しかし、オリンピック第2次代表選考会となったジャパンクイーンズカップ決勝で山本は55キロ階級の王者、吉田沙保里と対戦して惜しくも敗北しました。これが原因となり、山本のオリンピック出場はなりませんでした。

突然の現役復帰もそのパワーに衰えなし

アテネオリンピック終了から2年後、山本聖子は結婚のためにいったん、現役を去る決意を固めます。07年に第1子を出産して以降はマットから離れていましたが、09年1月に現役復帰を発表しました。その7か月後に行われたポーランド・オープン女子に出場、全盛期の力はすでになくとも、巧みなテクニックで交わし、この大会を優勝します。

また、13年にはグラップリング初挑戦となったADCC ASIA TRIAL 2013の女子60kg未満級で優勝を飾りました。この頃から後進の育成に力を入れ出した山本は6月にアメリカ女子ナショナルチームのシニア部門のアシスタントコーチ及びジュニア部門の監督として米国選手の指導に当たります。選手としても10月に行われたADCC Worlds 2013の女子60kg未満級で銅メダルを獲得しています。

ちなみにナショナルチームを指導していた当時の教え子に、16年のリオデジャネイロオリンピックの女子53kg級で吉田を破り金メダリストとなったヘレン・マルーリスがいます。

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