米老舗専門誌「ザ・リング」が7月16日に発表したPFPで1位のオレクサンドル・ウシク(ウクライナ)が同19日、本領を発揮して世界戦に勝利し、ヘビー級の世界主要4団体のタイトルを再び統一した。次のヤマ場は日本時間9月14日。世界スーパーバンタム級主要4団体統一王者の井上尚弥(大橋)は、大相撲開催で話題になった名古屋市IGアリーナで防衛戦を行い、もう1試合は米ネバダ州ラスベガスで13日(日本時間14日)に実施される。最強の称号を巡るビッグマッチにはそれぞれのドラマがある。

ヘビー級歴代トップクラス

 ウシクの勝利はPFP1位を十二分に証明する内容だった。世界ボクシング評議会(WBC)、世界ボクシング協会(WBA)、世界ボクシング機構(WBO)のチャンピオンとしてリングに上がり、国際ボクシング連盟(IBF)王者のダニエル・デュボワ(英国)を5回KOで撃破。しかも会場は敵地ロンドンのウェンブリー競技場で、約9万6千人の観衆を前に強さをいかんなく見せつけた。

 デュボワとは因縁があった。KO勝ちした2023年8月の最初の対決でローブローを浴びたウシクがひざまずく場面があり、これが正当なパンチによるダウンなのではないかとの見方が出ていた。しかし今回は徹底した対策を講じて快勝。サウスポーが放ったフィニッシュブローは、強烈な左フックだった。「最初の対戦を踏まえてチームで研究した。2年間、コンビネーションを準備してきた。最後のパンチの呼び名は〝イワン〟。ウクライナの大男の名前にちなんだ強烈な一発だ」と冗舌だった。

 かつてのクルーザー級からヘビー級に転向したときには、体格の面で懸念する声もあった。それでもデュボワに加え、タイソン・フューリー、アンソニー・ジョシュアと自身よりも大きな英国の実力者たちをいずれも2度ずつ下した底力は本物。ボクシングIQ、ダンスを得意とするフットワーク、パンチの当てどころの正確さなどに秀でて、相手を上回り続けている。戦績は24戦全勝(15KO)。ボクシングの華ともいえるヘビー級で、歴代チャンピオンの中でもトップクラスに入ると称賛する声がSNSなどで広がっている。「38歳はまだ若い。自分にはモチベーションではなく、規律がある。まだまだ闘い続ける」。自らを律する高いプロ意識もまた、無敵の闘いの支えとなっている。

最大の強敵とビッグビジネスの背後

 PFP2位の井上尚弥は次にWBAの暫定王者、ムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)の挑戦を受ける。好戦的なスタイルでパンチ力を備え、14勝(11KO)1敗のアフマダリエフ。これまでも井上との対戦を希望して執拗に挑発してきた。待望の一戦が近づくにつれて、あえて過激な言葉で相手をけなしたり、ののしったりする「トラッシュトーク」を仕掛けてくる可能性もあり、盛り上がりは必至だ。

 2022年6月に日本選手として初めてリング誌のPFP1位に選定された井上。今回は相手を警戒し「自分のキャリアで最大の強敵。今回は判定決着でもいい。そう言うときの井上尚弥が一番強いと思うけど、慎重に闘う」。30戦全勝(27KO)の〝モンスター〟にしては控えめな発言だ。ただ、倒し方次第では、PFP首位返り咲きが開けてくるかもしれない。

 リング外の関心の的は会場。国内では関東圏で試合を続けてきた井上にとっては初めて名古屋での世界戦となる。背後ではスポンサーであり、IGアリーナの運営会社にも参画しているNTTドコモが存在感を示す。7月の大相撲名古屋場所で開業した同アリーナ。最大で約1万7千人を収容し、世界レベルの天井高30㍍を誇る。高速通信技術「IOWN(アイオン)」の導入といった最先端技術も特長で、ワールドクラスの施設として熱い視線が集まっている。当日の試合はドコモの映像配信サービス「Lemino」で独占無料生配信。観戦チケットに関してもdカードPLATINUM会員らに限定的に特別割引価格で先行販売するなど優遇措置も講じられている。

 昨年、サウジアラビア国営の娯楽イベント「リヤド・シーズン」と総額30億円(推定)の大型スポンサー契約を結んだ日本のスーパースター。5月には本場ラスベガスにあるTモバイル・アリーナの興行でメインを張った。ビジネス面でもスケールの大きな流れを創出している。

人気競技の日程動かす一大イベント

 そして9月にラスベガスで激突するのが、〝カネロ〟ことサウル・アルバレス(メキシコ)とPFP3位のテレンス・クロフォード(米国)。ともにPFP1位に君臨したことのある選手同士で、スーパーミドル級4団体統一王者のカネロに、2階級上げるクロフォードが挑む。ここ数年待望されてきたファン垂涎のカードだ。日程と会場が決定する過程にもメガファイトらしい紆余曲折があった。

 当初は9月12日の金曜日にラスベガスで実施と公表されたが、ビッグマッチにふさわしい土曜日の開催に変更が発表された。その際、会場は未定とされたものの、最終的には当初の想定通り、アレジアント・スタジアムに落ち着いた。13日に同スタジアムで予定されていた地元ネバダ大ラスベガスのアメリカンフットボールの試合は8月に前倒しされた。米国で絶大な人気のアメフト。日程で譲歩した形の同大幹部は「今回の世界タイトルマッチはラスベガスにとって重要。観光に与える影響は比べものにならない」とコメントした。まさに街を挙げての一大イベントと化している。

 実力、実績が申し分ない両雄だけに、KO決着となると勝者がPFPトップをうかがう可能性が見込まれる。カネロは63勝(39KO)2敗2分けの戦績を持つ人気者だが、最近は判定勝ちが多くPFPでも低迷。自身を象徴する階級だけに負けは許されず「自分がパウンド・フォー・パウンドでナンバーワンだと再び証明するときが来た」と意欲を隠さない。クロフォードは41戦全勝(31KO)で、既にスーパーライト級とウエルター級で4団体統一を果たしている。華麗なキャリアの割に人気、知名度が追いついておらず、カネロに勝って衝撃を与えたいところ。「相手や階級に関係なく自分が世界最強だ。9月、世界は俺の偉大さを目撃することになる」と強気に話す。今から日本時間9月14日が待ち遠しい。


高村収

1973年生まれ、山口県出身。1996年から共同通信のスポーツ記者として、大相撲やゴルフ、五輪競技などを中心に取材。2015年にデスクとなり、より幅広くスポーツ報道に従事