今年3月には、イタリアサッカー界の伝説的なGKであったジャンルイジ・ブッフォン氏がアンバサダー、イングランド代表やマンチェスターユナイテッドで主将をつとめたガリー・ネビル氏が取締役として経営に参画している。高級腕時計ブランドがアスリートをアンバサダー起用することはよくあることだが、NORQAINほど数多くのアスリートをアンバサダーとして抱えているのは珍しい。
なぜアスリートを重用するのか、そしてNORQAINがなぜ日本市場で支持されているのか。6月下旬、創業者ベン・カッファー氏の弟であるトビアス・カッファー副社長に話を伺った。
スイス史上最も成功したアイスホッケー選手が共同創業者
NORQAINは、スイスの歴史ある有名高級腕時計メーカーに在籍していたベン・カッファー氏が、スイス史上最も成功したアイスホッケー選手として知られるマーク・ストライト氏らと共同設立した。
独自に開発した素材を用いた耐衝撃性や耐傷性のあるケースや、洗練されたデザインを備え機械仕掛けで動く。時計収集家だけでなく、アスリートを活用したマーケティング戦略もあって若い世代からの支持も集めている。日本では創業の1年後、2019年4月から販売を開始した。
副社長である弟のトビアス・カッファー氏も前職はスイスの独立系高級時計メーカーの営業をしていて、2021年に兄の元に加わった。トビアス氏は入社後、何度も来日しており、東京や大阪といった都市部だけでなく地方都市も回って、イベントを開催したり、現地の正規販売店やユーザーと交流したりするなど日本市場拡大に貢献している。
6月下旬、東京・表参道の時計店で取材対応したトビアス氏は、今回の来日目的について質問すると「ハイボール!」と笑いながら即答した。冗談ではあるが、日本の居酒屋でハイボールを飲むのが大好きなのだという。
「日本は我々にとって重要なマーケット。(NORQAINにとって)トップ3市場の1つです。日本の顧客基盤は非常に大切で、彼らはとても知識が豊富で情熱がある。来日するたびに多くのフィードバックを受け取ってスイスの本社に持ち帰ります」
NORQAINのラインナップの中に、スケルトンタイプのものがある。時計の文字盤や針の下に多くの歯車が剥き出しになっていて動くのが見える。NORQAINの腕時計がいかに精巧に作られているかがわかる。ものづくりのこだわりについて、トビアス氏は例を挙げながら説明した。
「腕時計の中には製造が比較的簡単なものもあれば、そうでないものもあります。例えば、(同ブランドのフラッグシップである)Wild ONEは開発に2年かけて取り組んだモデルです。究極の機械式スポーツウォッチで、とても軽く、傷にも強く、衝撃にも耐性があります。しかし、この耐衝撃性を実現するには、非常に複雑な製造プロセスが必要でした。ケースは25個のパーツから構成されていて、ケースを作るために13種類の金型(ツーリング)が必要でした。スチール製のケースと比べるとはるかに複雑です。これに関わらず、我々がどんなタイプの時計を作るのか、どんなムーブメントを搭載するかによって大きく変わります。とてつもなく時間がかかる作業であることは間違いありません」
ブランドコンセプトを体現すべく、スイスにある各パーツの製造工場や職人たちの協力を得ながら作られている。そしてNORQAINがこだわるのが機械仕掛けでありながらスポーツ用途でも使えることである。
「特別なケース構造のおかげで、ゴルフ、テニス、野球、マウンテンバイクなど、どんなスポーツでも着けられる時計になっています。そもそも私たち家族が大好きなことであり、普段からとてもアクティブなライフスタイルを送っています。だからこそ、あらゆるアクティビティで着けられる時計を作りたいと思いました。NORQAINの腕時計はアウトドア、スポーツだったりと、チャレンジングスピリットを表現していて、ブランドの世界観や価値観をものすごく表現しています」(トビアス・カッファー氏)
兄弟ともに元サッカー選手
実はトビアス氏、兄のベン氏は元サッカー選手だった。
「私はスイスの3部リーグでプレーしていて、ベンは5部リーグでプレーしていました。ベンは私より良い選手だったけど、私のメンタリティーがベンの才能よりプロフェッショナルだったかな(笑)。私はセントラルミッドフィルダーとしてプレーし、ベンはフォワードでプレーしていました。兄は足が速くて多くのゴールを決めていましたね」
サッカー選手としての最大の思い出について問うと、トビアス氏の出身地であり地元のチームであるFCビール=ビエンヌ(当時3部リーグ)が、2018年8月にあったスイスカップで強豪ヤングボーイズとの激戦を挙げた。地元スタジアムには大観衆が集まり、試合は一時、2対1と逆転して番狂せしかけたが、後半追加タイムに同点弾を決められ、延長戦でパリサンジェルマンなどで活躍した元フランス代表FWギョーム・オアロに決められて敗退した。
この試合でトビアス氏は出場したが、なんと試合途中で選手と接触して脳震盪を起こしてしまったのだという。
「すでに交代枠を使い切っていたので、選手が交代できなかったので『続けます。大丈夫です』と言ったらしいのですが、全然覚えていません。妻や母も見にきていたのですが、泣いていたようです。試合後にギョームのユニホームが欲しかったので、彼のところに行って頼んだんですが、既に先約があったらしく、ロッカールームに戻ってがっかりしていたら、彼がやってきてサイン入りの別のシャツを渡してくれました。このシャツは自宅に大切に保管してあります」(トビアス・カッファー氏)
当時の写真をスマホで見せながら嬉しそうに話してくれた。
NORQAINは多くのアスリートのアンバサダーを抱え、今年3月にはイタリアの伝説的GKだったジャンルイジ・ブッフォン氏や、イングランド代表やマンチェスターユナイテッドでキャプテンを経験しているガリー・ネビル氏といったサッカー界の大物と契約している。特にガリー・ネビル氏は取締役として加わり経営にも参画している。
「僕は常にジジ(ブッフォンの愛称)はとても特別な存在だと思います。対戦相手のファンからも好かれる選手って本当に珍しいですよね。彼はそういう稀有な存在で、誰からも好かれている。だから契約しました。また、ガリー・ネビルについてですが、僕と兄は子どもの頃からマンチェスター・ユナイテッドの大ファンで、ロイ・キーン、デビッド・ベッカム、エリック・カントナ、そしてガリー・ネビルが大好きでした。イギリスに子会社を立ち上げようと考えた時、有名なだけではなくて、頭が良くてビジネスセンスもある人物と一緒にやりたいと思いました。そこで、ガリー・ネビルがとてもアクティブで会社も複数経営しておち、『My Life, My Way(自分の人生は自分で切り拓く)』の精神を体現している人物だと、彼のマネジメントに連絡を取り、すぐに本人と直接つながることができました。価値観も合っていたので話はすぐにまとまりました。でも僕たちにとっては信じられないことでした。子どもの頃にテレビで見ていた人と、今一緒に仕事をしているなんて、本当にクール」(トビアス・カッファー氏)
岡崎慎司氏はチャレンジスピリットの塊

楢﨑智亜選手、小林陵侑選手、岡崎慎司氏といった日本人アスリートとアンバサダー契約を結んだかについては、NORQAINの日本支社長である濱鍜健治氏が説明してくれた。濱鍜氏はベン・カッファーCEOと前職時代に一緒に仕事をし、NORQAINの設立時に声をかけられて参画している初期メンバーでもある、
「慎司さんとはもう2019年からずっとパートナーシップを組んでいます。ご存知の通り、チャレンジングスピリットの塊みたいな人。共通の知人を介して紹介していただき、アンバサダーになっていただきました。楢﨑選手もそうですし、山岳ランナーで過去2回世界チャンピオンを取っている上田瑠偉選手は、富士山のワンストローク(4ルートそれぞれを往復)を約10時間で踏破しました。そのチャレンジングスピリットを含め、我々NORQAINのチャレンジ精神と合う。お互い共感して活動でき、僕らは彼らのチャレンジも応援しているし良い関係を築き上げています」
岡崎氏や小林選手のことを知っていたのかトビアス氏に尋ねると、当然と言わんばかりに「(岡崎氏は)ドイツのマインツやイングランドのレスターシティで活躍していたし、特に優勝した“ミラクルレスター“の一員」、小林選手についても「僕らは子供の頃から家の裏にある森でスキーに親しんでいました。だから冬の競技の有名選手である彼ももちろん知っていますよ」と答えた。
NORQAINは他にもテニス4大大会で3度優勝のスタン・ワウリンカ、平昌五輪でアルペンスキーのスーパー大回転種目銅メダリストのティナ・ワイラター以外にも、アイスホッケー、フィギュアスケート、クライミング、スノーボード、サーフィン、山岳ランナー、水泳など様々な競技のトップアスリートがアンバサダーとして名前を並べている。
「私たちはブランドを1つか2つのスポーツに限定したくありません。ライフスタイル全体が大事で、どんなスポーツでも良いし、動きがあればそれで良い。求めているのは、屋外でアクティブでチャレンジングな何か。それが選手選びの基準にもなっています。ただし、必ずしも世界的なトップスターばかりを起用する必要はない。(SNSの)フォロワーが5000人ほどの地域のアスリートたちともパートナーシップを結んでいます。彼らは世界的に有名ではないかもしれませんが、ブランドの精神にぴったり合っている。たとえば、山を登って時計と一緒に写真を撮る、そんな姿でも十分にNORQAINのブランドスピリットを伝えることができます」(トビアス・カッファー氏)
アスリートとのパートナーシップだけでなく、スポーツイベントにも関わっている。
「今では私たちは多くの大規模なスポーツイベントのスポンサーにもなっていて、それを通して『これこそが私たちが支援したいことなんだ』というメッセージを発信しています。例えば、私たちはベルリンマラソンの公式タイムキーパーを務めていますし、他にも様々なマウンテンレースにも関わっています。最近ではマンチェスター・ユナイテッドの本拠地・オールド・トラフォードスタジアムで行われた『Soccer Aid(サッカーエイド)』というUNICEFへのチャリティとサッカーを組み合わせたイベントを開催しました。僕と兄も現地にいて、本当に特別な瞬間でした」(トビアス・カッファー氏)
高級腕時計のグローバル市場は近年、難しい環境に置かれている。スイスでは腕時計の輸出本数が減少している。その中でもNORQAINは販売台数を伸ばすなど躍進している。今後NORQAINが見据える先とは何なのか。
「NORQAINはいつだって、新しくて、ユニークで、クールなことに挑戦してきた。これからもチャレンジャーブランドでありたい。そして、私の夢はもっと大規模なコミュニティイベントや、アクティブでスポーティな活動を展開していくことです。NORQAINとして世界中で知られるようなイベントを開催したい。日本でも同じように、私たちのコミュニティを広げてNORQAINの活動やライフスタイルを楽しんでくれる人たち“NORQAINER” をもっと見つけたい。もちろん時計を売らないといけないですが、数字だけを見るような企業にはなりたくないんです。私たちのビジョンは『もっと楽しく、もっと情熱的な、大きなコミュニティをつくること』で、それが全てなのだから」(トビアス・カッファー氏)