萩野公介について

名前萩野公介
生年月日1994年8月15日
日本
出身栃木県小山市
プロフィール名古屋在籍中の小学1年生の頃から水泳を始め、栃木県小山市に引っ越し後に所属した「御幸ヶ原スイミングスクール」で本格的に競泳選手の道を歩むことに。アジアエージグループ選手権で50m背泳ぎ、400m個人メドレー、200m個人メドレーなどで4つの部門で優勝、2つの部門で銀メダルを獲得して和製フェルプスの名をほしいままにします。

東洋大学進学後は13年の全日本選手権大会で個人400mメドレーにて日本新記録を出して優勝、さらに男子史上初の5冠を達成します。その後も14年のアジア競技大会、パンパシフィック水泳大会でも金メダルを獲得し、16年のリオデジャネイロオリンピックでは400m個人メドレーで金メダルを獲得。177センチ、71キロ。

名古屋時代の苦労がのちの活躍の原点に

後に日本水泳界のエースとなる萩野公介は栃木県小山市で生まれましたが、父の仕事の関係で小学1年生の頃は愛知県名古屋市に住んでいました。そこでスイミングスクールに通い出した萩野ですが、そのスイミングスクールは入校するのに自由形、平泳ぎ、バタフライ、背泳ぎの4泳法を泳げなければならないという条件がありました。

萩野は入校するためにこの4泳法、特にバタフライを必死で練習して入校にこぎづけました。萩野はのちに「この頃が自分の原点」と語るように、貴重な時間だったことがうかがえます。

この努力が実って、入校した萩野はメキメキと才能を伸ばしていき、後に栃木県小山市に戻ってから所属した御幸ヶ原スイミングスクールでは競泳選手としての第一歩を踏み出すことになります。

そんな萩野が頭角を現したのは2009年。アジアエージグループ選手権でした。当時15歳だった萩野はこの大会で50m背泳ぎ、400m個人メドレー、200m個人メドレーで優勝して金メダルを獲得し、団体戦でも4×100mメドレーリレーの金メダル、4×100mフリーリレー、4×200mフリーリレーの団体銀メダル獲得にそれぞれ貢献。和製フェルプスの名をほしいままにしました。

作新学院に進学。男子水泳史上初の快挙を達成

中学時代に輝かしい成績を残した萩野公介。高校の進学先も注目を集めましたが、栃木県内屈指のスポーツ港として知られる作新学院へ進学。そして間もなく行われた第86回日本選手権水泳競技大会で萩野は400m個人メドレーで2位に入って、同年に開催されるパンパシフィック水泳選手権の出場権を得るなど、期待にたがわぬ活躍を見せます。

そして高校3年生になった12年、萩野は第88回日本選手権水泳大会で大記録を打ち立てます。初日の男子400m個人メドレーの決勝戦で萩野は日本新記録を出して優勝。これでこの年に行われるロンドンオリンピックの出場権を獲得します。400m個人メドレーのオリンピック代表に高校生が選ばれたのは北島康介以来の快挙をなし遂げます。

その後に行われたロンドンオリンピックでは予選を1位通過。さらに決勝で自身の記録を大幅に更新して、マイケル・フェルプスを下しての3位入り。男子個人メドレー種目では史上初、そして高校生選手としてはなん56年ぶりとなる銅メダルを獲得するという快挙をなしとげました。

その後、200m個人メドレーでも5位に入り、北島康介以来のスター選手誕生を強く印象付けました。

東洋大学へ進学後、またも歴史的快挙を達成

高校を卒業した萩野は東洋大学へ進学。進学間もない4月11日に開催された第89回日本選手権水泳競技大会の男子400m個人メドレー決勝で萩野は日本新記録を出して優勝。2日後には男子200m個人メドレーでも日本新記録を叩き出して2冠達成。

さらに男子200m自由形、男子100m背泳ぎ、男子400m自由形も優勝してなんと日本選手権水泳競技大会史上初の5冠を達成。同年の7月からバルセロナで開催される世界選手権の代表選手に選出されました。

その世界水泳では400m自由形、200m個人リレーに出場してどちらも銀メダル。他にも200m背泳ぎ5位、400m個人メドレー5位という素晴らしい結果を残しました。

翌14年の萩野のハイライトとなったのは仁川で開催されたアジア大会。ここで萩野は200m自由形、4×200mフリーリレー、200m個人メドレー、400m個人メドレーで優勝して4冠を達成し、この大会のMVPに選出されました。日本人でMVPを取るのは萩野が史上3人目ということからもいかに価値があるかがわかります。

これで2年後のリオデジャネイロオリンピックでもメダル当確と思われましたが、15年7月に自転車事故で右ひじを骨折するアクシデント。世界水泳の出場はこのケガが原因となり断念することになりました。

リオオリンピックで待望の金メダリストに

まさかのアクシデントで前年の世界水泳を欠場した萩野公介。リオデジャネイロオリンピックの出場に暗雲が立ち込めましたが、リハビリの甲斐あって萩野は復活。順調に調整を積んだ結果、夢舞台であるリオデジャネイロオリンピックに出場します。

晴れの舞台で萩野はいつも以上に大活躍。自身が最も得意としている400m個人メドレーでは自身が持っていた日本記録を更新して、4分6秒05というスーパーレコードを樹立。この好タイムを持って萩野は優勝。日本人選手としてこの種目で史上初となる金メダルを獲得します。

さらに男子800mフリーリレーでも萩野は中心選手として活躍して、日本代表の銅メダル獲得に大きく貢献。日本が水泳で団体チームによるメダル獲得を果たしたのは64年の東京オリンピック以来52年ぶりの快挙となりました。この後も萩野は男子200m個人リレーで銀メダルを獲得するなど幅広く活躍し、その存在感を遺憾なく発揮しました。

現在の萩野は大学を卒業し、プロスイマーとしてブリヂストンと所属契約を結び、2020年に開催される東京オリンピックに向けて調整を進めています。

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