ヤン・ボスについて

名前 ヤン・ボス
生年月日 1975年3月29日
オランダ
出身 オランダ・ハルデルウェイク
プロフィール 1994年スピードスケート世界ジュニア選手権で優勝。’98年世界スプリント選手権で初の総合優勝。同年長野五輪1000メートルで銀メダルを獲得、1500メートルは4位、500メートル12位。’99年世界スプリント選手権500メートル、1000メートルで優勝し、総合2位。世界距離別選手権は1000メートルで金メダル。2000年世界距離別選手権1500メートルで銅メダル。2002年ソルトレークシティ五輪1000メートルで銀メダル、1500メートル7位、500メートル9位。2004年にはアテネ五輪で自転車競技に出場し、団体スプリントで6位に入った。2005年世界距離別選手権1000メートルで銀メダル。2006年トリノ五輪は1000メートルで5位、500メートル11位、1500メートル20位。世界スプリント選手権は総合3位。2010年5度目の五輪出場となったバンクーバー五輪は、1000メートル12位、500メートル29位。2011年世界スプリント選手権総合12位。シーズン終了後、引退。

スプリンターとして出世

後にスピードスケートの選手として活躍するヤン・ボスが生まれたのはオランダのハルデルウェイク。スケート大国であるオランダで生まれ育ったこともあってか、ボスはすぐにスケートを始めます。すぐに適性を見せたボスはその後もスケートを続け、毎日のように湖やスケートリンクで練習の日々を積みました。

ボスが世界の舞台に初めて立ったのは94年。18歳のころでした。スピードスケートのジュニア選手権に出場したボスは圧倒的な実力でこの大会を優勝。早くも世界の頂点に立ちました。この功績もあって、シニアクラスの昇格後も期待される存在に。リメハンメルオリンピック終了直後ということもあって、次の長野オリンピックでの活躍を期待されました。

いよいよオリンピックイヤーとなった98年。世界スプリント選手権に出場したボスはここでも優勝。自身初の総合優勝を達成します。オランダは伝統的に長距離選手、オールラウンダーの選手が多いオランダとしてはかなり珍しい、スプリントに特化した選手として知られるようになります。

長野五輪で初のメダル獲得

ヤン・ボスにとって初の大舞台とも言える長野オリンピック。ボスが出場したのは1000m。このクラスには日本の清水宏保、さらにオランダの同胞であるイツ・ポストマが出場する激戦区。オリンピック初出場であるボスには少々分が悪いかとも思われましたが、ボスは得意の距離で奮起してなんと決勝まで進出。清水、ポストマらとともに決勝戦へ進出します。

その決勝戦、まさに激戦と言っていいほどの激戦でした。500mの金メダリストに輝いた清水、そしてポストマとのマッチレースとなりましたが、ボスは清水を下し、さらにポストマとも接戦に持ち込みました。結果としてはわずかな差で敗れて2位になりますが、銀メダル獲得。オランダ勢のワンツーフィニッシュに貢献します。

ちなみに男子スピードスケートのオランダの強さはダントツで、金メダル5個のトータル11個を記録。10000mでは表彰台独占と言う快挙まで成し遂げています。

ボスはその他にも1500m、500mにも出場していましたが、1500mは4位、そして500mは金メダルの清水から大きく後退した12位に終わりました。

ソルトレイクシティ五輪で銀。自転車競技にも

念願のメダリストになったヤン・ボス。その後も短距離でのボスの強さは変わらず、長野オリンピック翌年の99年には世界スプリント選手権に出場し、500m、1000mで優勝。総合2位にまで食い込みました。さらに世界距離別選手権にもボスは出場し、得意の1000mで金メダルを獲得します。

これだけでもすごいことなのですが、ボスがさらにすごいのは、00年に1500mで銅メダルを獲得したこと。本質的にはスプリンターであるはずのボスでも1500mに出場し、メダルを獲得する選手にまで育て上げるところがオランダのオールラウンダー性が現れていました。

これらの活躍を受けて、ボスは02年のソルトレイクシティオリンピックにも出場。得意の1000mはもちろん、500m、そして1500mの3種目に出場。オールラウンダーとして新たな一面を見せたボスはこの大会では500mで9位に躍進、そして1500mでも7位に入賞します。

そしてボスのハイライトとなったのは1000m。この大会でボスは決勝戦で2位に入り、2大会連続の銀メダルを獲得します。

オリンピック終了後、ボスはスケートだけでなく、なんと弟のテオの影響もあってか、自転車競技にも熱中するように。もともとスピードスケートのトレーニングで自転車をしていたので、ボスはすぐに自転車競技にも対応。2年後のアテネオリンピックにはなんと弟ともに自転車競技のチームスプリントに出場しました。

バンクーバー五輪シーズンに現役引退を発表

スピードスケートと自転車の二刀流となったヤン・ボス。05年にも世界距離別選手権に出場して、1000mで銀メダルを獲得。3度目となるトリノオリンピック出場に弾みを付けます。

そして06年目には3大会目となるトリノオリンピックに出場。3大会連続のメダルを目指し多ボスは前回同様に500m、1000m、1500mの3種目に出場しますが、結果はなんとメダルを逃す結果に。この年で31歳になることもあり、ピークを過ぎた感は否めませんでした。さらに世界スプリント選手権でも総合3位に甘んじ、ますます衰えを見せる結果に。

4大会連続出場と言う目標を掲げて臨んだボスのスピードスケート。10年のバンクーバーオリンピック出場を目指した09-10シーズン限りでの現役引退を発表。そしてバンクーバーオリンピックでも出場を果たします。結果的にメダルには届かなかったものの、4大会連続での出場と言う大目標を達成。さらに世界スプリント選手権で総合12位後に現役引退を発表します。

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