現役時代終盤、ひとつのアイスショーが荒川静香を変えた

――引退後まもなく、御自身がプロデュースされたFOI(フレンズオンアイス)に出演(2006年5月)。その後も継続してプロフィギュアスケーターとして歩まれています。現役時代から、アイスショーへの憧れや意欲が強かったのですか。

荒川:私が競技をやっていた時代は、選手がアイスショーに出られる機会は日本ではほとんどなく、私もあまり出たことがありませんでした。けれども、アメリカで練習している時に、『Stars on Ice』というショーが各地域を回っているのを見て。かつて自分がテレビで見ていたようなトップスケーターがプロになってまた違う輝きを放っている、競い合っていたスケーター達が一つのものを作り上げている。「スケーターがこういう世界を作れるんだ」という驚きが一番、アイスショーに憧れるきっかけになりました。

それから「アイスショーに出られるスケーターになりたい」と思うようになり、どうしたら出られるようになるか考えました。となるとやはり、引退した後でショーに呼ばれるためには、アマチュア競技会での実績を残して、自分の選手性をアイスショーのオーガナイザー(主催者)に知ってもらうことからスタートするのかなと。そこから、競技でキャリアを積みたいと思うようになりました。

それまでは、競技者として世界のトップ選手になりたいとか、どういう風になりたいとか、目標が明確ではなかったんです。アイスショーを志すようになった瞬間から、ショーに出られるようにしっかりと世界の中で戦って経験を積んで実績を残したいと思うようになりました。そういったアイスショーを観ることがなければ、選手としてそこまで上の結果を目指すことはなく、アイスショーがきっかけで今の私があると思います。

プロになったからには、初めて演技を見て頂くお客様にも「また観たい」と思って頂けるような滑りをし続けることが大事だと、プロになってから感じています。初めて見て下さった方に「選手としての実績があっても、今は残念だな」と思われるのではなくて、「あっこんな世界があるんだ」と魅力を伝えられるように。また、選手が「プロとしてこんな世界があるのなら頑張りたい」と思うきっかけになるようにしたいです。

――今度は荒川さんが選手たちにとっての“きっかけ”になるということですね。

荒川:はい。プロになってからそう思い描き始めました。選手としては最後の時期にプロになることを目標にし、それによってオリンピックにも出場しました。「競技を頑張る価値はこういうところにもあるんだ」と、次の世代に示す役割を果たせればと。次の世代にプロの道を見せ続ける、というのが今の目標ですね。

©坂本清

選手からプロへ 変わる環境、実力維持の裏側とは?

――現役時代、その後セカンドキャリアとしてプロスケーター時代を経てきて、御自身の中で現役時代から変わったこと、逆に変わらず貫かれていることはございますか。

荒川:変わったのは、スケートの競技力を向上させるために日々過ごしていた現役時代から、プロになって今度は観ている方に伝えるといった方面からスケートに携わるようになったことですね。

時間の使い方や練習に割ける時間も変わってきました。日本では、プロスケーターのためにリンクを確保するのがまだまだ難しい状況なので。その中でも練習をきちんと続けていくためにはどうすべきか、それがずっと課題ではありました。

――練習は深夜や早朝の時間帯になっているのでしょうか。

荒川:ひとりで「(リンクの)貸し切り」を取るとすればそういう時間しかないですね。けれども、私はこの新横浜のクラブ(新横浜プリンスFSC)に選手の時からお世話になっていて、今でもクラブの練習時間帯にリンクへ入れて頂いたりもしています。

今競技をやっている子供達と一緒に滑らせてもらえる時間があるというのは、すごく幸いなことです。コーチ以外には選手の指導は出来ませんが、私がどういう練習をしているのか、どういう風に状態を維持しているのか、間近で子供達に見てもらうことが一番の教材になると思っています。コーチの方からも「いつでも来て」と言ってもらえるように、しっかりとトレーニングを積んで「いつでも姿を見せられるような練習をしよう」と気を張っていることも、維持出来ている理由のひとつかもしれないですね。

継続しているのは自己管理です。自己流ではあるんですけれども、フィジカル面もメンタル面も全て自分自身で行なうことで、10年間のプロ生活が繋がってきているのかなと思います。怪我もなく、こうして今もリンクに立ち続けられているという体の強さは、親にも感謝したいですし、現役時代に築き上げてきたことの成果でもあると思っています。

自身プロデュースの『Friends on Ice』――世代を繋いだ11年

――FOIはプロデュース段階から携わっていらっしゃいますね。FOIならではの魅力や、このショーを企画するにあたって込められた思いを教えて下さい。

荒川:やっぱり、私自身はシングルスケーターとしてひとりで滑ってきたので、“誰かと何かを作り上げる”ことにすごく魅力を感じます。それがアイスショーの魅力でもあると思います。短いリハーサル期間で最大限に、普段滑らないような演目を他のスケーターと作り上げるというところが、FOIにとって魅力になっているかな。お客様には、それを存分に楽しんで頂ければと思います。

ソロの演技は別のショーでも見る機会があると思いますが、FOIのスケーターで作り上げるナンバーはFOI「ならでは」だと思うので。なかなか一緒に滑ることのないスケーター達が一緒に滑るグループナンバーは、出来るだけ多く取り入れたいなといつも思っています。

ただやはり時間が限られていますので、出演スケーターが会場入りするまでに、個人である程度準備が出来るようなものにしています。ゼロから作るとなるともう、1日半のリハーサルでは出来ないので。それぞれが準備してきてくれるからこそ、集まった時にまたぐっと練り上がっていくっていう。スケーターみんなのスキルの高さもあって叶っていることですね。

また、プロの道を見せていきたいと願い、FOIでも“世代を繋いでいく”ことを目指しています。色んな世代が参加する中でそれぞれがお互いに刺激を受けて、いいモチベーションを保てて、それぞれの活動に戻っていくことが出来る場所になれば、それが一番いいのではないかなと思っています。

FOI初回から参加してくれている本田武史君のお嬢さんが今回初めて出演し、親子で共演するんです。FOI出演を目標に頑張ってきたということで、それが叶って、私自身にとってもうれしいことだなあと思います。スケーターがお父さんになって、その子供もお父さんと同じ道を歩んで、お父さんと同じ舞台に立つ。そんな、何か歴史を感じるようなところまで、FOIが続いてきたんだなと思います。

たくさんのお客様に観てほしい!個性あふれるアイスショーの世界

――荒川さんがプロに転向されてから10年余り経ち、国内・海外問わず競技のオフシーズンには様々なアイスショーが盛り上がりを見せています。10年以上の伝統を重ねているショーもあれば、歌舞伎界とのコラボレーション『氷艶』のように新たに開催されたものもあります。そのような時代にあって、アイスショーの現在や未来についてどう捉えられていますか。

荒川:競技のフィギュアスケートとエンタテイメントとしてのフィギュアスケートには、全く違った魅力があります。お客様が応援して下さるのが競技の姿だとすると、アイスショーはお客様と一緒に盛り上がって作り上げる空間。ですから、一緒に盛り上がれる、あるいはお客様が観たいものを見せられるように、スケーターは「何を求められているのか」いつもアンテナを張っておく必要があると思います。

日本にはたくさんのショーがありますが、似たようなものばかりではなく、それぞれ本当に特色が違っていて色んな工夫が凝らされているので、私自身どのショーを観ても面白いなと思うんです。それは個々のショーにコンセプトがあり、独自の新しい見せ方を取り入れているからこそ叶うことですよね。こうしてそれぞれのアイスショーがお互いに刺激されながら高め合っていければいいなと思います。それぞれにカラーがあるというところが、現在のアイスショーの魅力ですので。是非この世界を多くの方に知って頂きたいです。

フィギュアスケートの競技は報道やテレビで取り上げられる機会が多く、認知度もぐっと上がっています。けれどもアイスショーは、ずっと楽しんで下さっているファンの方々も多いですが、まだ御覧になったことのない方も多いかと思います。ひとりでも多くの方にこの世界を知って頂き、そしてまた、皆さんに楽しんで頂けるような世界を私達が作っていけたらと願っています。

<了>

アイスショー『Dreams on Ice』詳報!平昌五輪代表争いの行方は?

アイススケート界の年度は7月に切り替わる。『Dreams on Ice』は、毎年その切り替え頃の6~7月、シーズンイン直前に開催される、昨季のフィギュアスケート日本代表が招集されるアイスショーだ。他のアイスショーと異なるのは、開催に日本スケート連盟が深く関わり、プロスケーターはゲスト出演のみである点だ。世界選手権/四大陸選手権/世界ジュニア選手権/冬季アジア大会といった大きな大会に派遣された選手や、全日本選手権/全日本ジュニア選手権の表彰台選手、全日本ノービス(13歳以下)選手権優勝選手がメインとなる。

VICTORY ALL SPORTS NEWS

町田樹、前代未聞のプログラム。『Prince Ice World』東京公演詳報

PIW(プリンスアイスワールド)は1978年に結成された日本初のアイスショーで、他のアイスショーとは違い、在籍プロスケーターがチームとして、オリジナル演技によって構成されたショーを繰り広げる。選手時代の活躍が記憶に新しい若いメンバーも増え、彼らのプロスケーターとしての新たな舞台を楽しみに来る観客も多いようだ。(文=Pigeon Post ピジョンポスト 山内純子)

VICTORY ALL SPORTS NEWS

スポーツ写真家・高須力が描く『フィギュアスケート写真』の世界(前編)

アスリートの見せる情熱や興奮、その躍動感や静寂を追い求める写真家・高須力。様々なスポーツ誌の表紙や巻頭を飾る髙須氏の仕事を紹介したい。第一回は、羽生結弦、浅田真央といったトップスケーターに迫った「フィギュアスケート写真」について。第二回は、間もなく開催される写真展に焦点を当て、髙須氏のスポーツ写真哲学に触れる。

VICTORY ALL SPORTS NEWS

音響デザイナー・矢野桂一が紡ぐ『フィギュアスケート音楽』の世界(前編)

日本のフィギュアスケート界に、矢野桂一という人物がいる。競技会、アイスショー共に、会場での全ての音に関わる仕事をしている。それだけではない。羽生結弦や宇野昌磨といったトップスケーターのプログラム音源の編集や、場合によっては一曲をゼロからまとめ上げることもある。選手たちの最も側にいて、「音」を通して演技を支える、その仕事や哲学に密着する。

VICTORY ALL SPORTS NEWS

音響デザイナー・矢野桂一が語る、華麗なるアイスショーの舞台裏(後編)

本格的なスケートシーズン前のオフの期間に、全国のアイスリンクでは様々なショーが行われる。お客さまを楽しませる華麗な演技とともに、来季に向けて新プログラムのお披露目も行われる。音響の専門家である矢野さんにとっても、編集プログラマーとしての矢野さんにとっても、実は忙しい季節だ。第二回は、そんなアイスショーでのエピソードと、フィギュアスケートへの想いを語ってもらった。

VICTORY ALL SPORTS NEWS

VictorySportsNews編集部