文=井川洋一
習近平の意向に沿って投資を加速させてきた中国企業
オスカール、カルロス・テベス、アクセル・ビツェル、ジョン・オビ・ミケル……。今冬の移籍市場で主役を張っているのは、これらのビッグネームを獲得した中国スーパーリーグ(CSL)のクラブと言っていいだろう。本稿執筆時(1月8日)以降も欧州の移籍市場はまだ3週間ほど開いており、さらなる大型移籍が実現する可能性も否定できない。
クリスチアーノ・ロナウドはある中国のクラブから受けた年俸100億円以上のオファー(移籍金は300億円以上)を断ったと代理人のジョルジ・メンデスが明かしたが、CSL勢は引き続きワールドクラスを狙っている。噂の域は出ないものの、ピエール=エメリク・オバメヤングやジエゴ・コスタ、エディンソン・カバーニ、デリ・アリ、ハリー・ケイン、アンヘル・ディ・マリア、アリエン・ロッベン、ダニエル・スターリッジ、ハメス・ロドリゲス、さらには本田圭佑や長友佑都らの名前がメディアを賑わせている。
それらに付随する金額も常軌を逸したものだ。上海SIPGはオスカールの獲得に約75億円をチェルシーに支払ったとされ(彼らは半年前にフッキを約66億円で獲得している)、ドルトムントはオバメヤングの移籍に関して同クラブから180億円以上のオファーを受けたと囁かれている。また、テベスが上海申花から受け取る年俸は約45億円に上るという説もある(代理人の発言のため、真偽のほどは定かではないが)。
景気の停滞が指摘される中国において、なぜこのようなビッグディールが頻発しているのか。その背景には、国家主席である習近平の影響がある。フットボールを愛する現在の同国最高指導者は、中国を「サッカー大国にしたい」と発言しており、ビジネスマンでもあるクラブのオーナーたちは彼に気に入られるために、このスポーツで目立った功績を残そうとしている。その多くは不動産や土地開発に携わる大企業で、中国のフットボールの発展に重要な役割を担えば、現政権に取り入ることができ、自分たちに便宜を図ってもらえると考えているのだ。
債務不履行を懸念する当局が“爆買い”を牽制
©Getty Images 現在の中国には、バスケットボールや卓球などに比べて、サッカーのプロを目指す子供が少ない。2011年までNBAで活躍した姚明や、五輪、世界選手権、ワールドカップの卓球3大大会のシングルスでの優勝経験を持つ丁寧のような、世界的な中国人トップ選手がこの競技にはおらず、憧れる存在がいないことがその要因の一つとされている。そのため、まずはワールドクラスの外国籍選手を招き入れ、チームとリーグのレベルを上げるとともに、少年少女たちにロールモデルを示す意向があるのだ。25歳のオスカールのような全盛期にあるトッププレーヤーを日常的に見れば、子供たちがその道を志したとしても不思議はない。
また、広州恒大が2013年と2015年にAFCチャンピオンズリーグ(ACL)を制したことが成功例となり、他クラブも現実的な目標としてそこを目指すようになった。今冬に派手な動きを見せる上海の2チームと、昨冬にラミレスやアレックス・テイシェイラらを迎えた江蘇蘇寧が、広州恒大とともに今季のアジア制覇を狙う。
ただ、こうした状況は徐々にトーンダウンしていくかもしれない。中国政府は先ごろ、CSLクラブの最近の移籍マーケットにおける振る舞いを「札束を燃やしているようだ」と懸念し、各クラブに支出の上限を定めることを検討していると明かした。「100年以上続くクラブを築いていくことが目標であり、(行き過ぎた投資により)債務不履行に陥ってしまうクラブがあれば、リーグから除外する」と警告している。また、リーグは新シーズンの外国籍選手の登録数の上限をこれまでの5から4(うち1人はアジア国籍)に減らそうとしている。
いずれにせよ、今春に開幕するCSLでは複数のトッププレーヤーたちが共演し、ACLでも中国勢が優勝候補に数えられる。Jリーグのクラブも今季から、これまでより多くの放映権料を手にすることになるものの、経済力に関してはまだまだ埋めがたい差がある。代表での優位性はしばらく保てるはずだが、クラブレベルでは劣勢を感じる日々が続きそうだ。