本筋から離れて距離を置いてみる

──今回は、中畑さんが現役時代、監督時代の経験に基づいた「不調からの脱出方法」について、お話を頂きたいと思います。たとえば、現役時代に打撃の調子が落ちてきたときは、どうしていましたか?

中畑 オレは、とにかく走ったな。それを教えてくれたのは長嶋(茂雄)さん。普通はバッティングの調子が悪ければ、余計にバットを振って調子を取り戻そうとするし、そうしたほうが「これだけやった!」という気持ちになるから安心できるじゃない? だから、オレも最初にスランプになったとき、そうしていたんだ。すると長嶋さんが、「おい、キヨシ! バカみたいにバットばかり振っているんじゃないよ! それでは体が切れるようにはならんぞ。なっても、部分的にしかならないただの自己満足だ」と、言ってきたんだ。

──それで、「走れ」と?

中畑 そう。「体のボディーバランスというのは、下半身が安定してはじめて整うんだ。だから、今日はずっと走っとけ!」と言われてね。その日は、本当に1日中グラウンドを走ったよ。実際、それがスランプ脱出につながる要素になったな。自分のリズムを取り戻すことができた。

──バットを一時的に手放すのは不安になるかもしれないですが、逆にいい気分転換になりそうですね。

中畑 スランプからの脱出方法自体はいろいろとあるけれど、一番大切なことは、少し距離感を置いて自分を見直すことだと思う。だから、同じ走るにしても、ダッシュだっていいし、長い距離を走ってもいい。あるいは、守備のノックを数多く受けるというのも、ひとつの手だな。

──いずれにせよ、一度、本筋とは関係のないことをやってみる。

中畑 そう! これは、長嶋さんから受けた最高のアドバイスだったよ。

気分転換を図ったり、仲間との交流できっかけをつかむ

──中畑さんは、現役時代にどんなに調子が悪くても、「絶好調!」という言葉を発して常に前向きでした。それも、逆境で力を発揮するためのひとつの方法論だと思います。

中畑 そうだな。オレは常にプラス思考で臨むことを、自分のあるべき考え方としていた。体って正直だから、ダメと考えたらダメなようにしか動かないんだよ。いつもマイナス思考にしていて、良い結果が出続けるなんてことはあり得ないだろう?

──とはいえ、ただ、口先だけプラス思考でいるだけではうまくいきませんよね?

中畑 あたり前だよ! 普段から「結果が出るように、できることはやってきたんだから、大丈夫!」と、自分自身を納得させるような状態を、きちんと作り出しておくことが重要なんだ。「絶好調!」と言えるだけの裏付けも、ちゃんとなくてはいけないということさ。

──先ほどの長嶋さんのアドバイスじゃないですが、一度、本筋とは離れたことに没頭してみることも、マイナス思考から脱するための手段になりますか?

中畑 いいんじゃないの? ちょっとちがうことをして気持ちを切り替えるのは効果があると思うよ。オレの場合は、カラオケがそうだったな。みんなはオレが歌に没頭している姿を見て笑っていたけれど、オレのなかではいい気分転換になっていたんだ。

──表向きには「絶好調!」と言っていながらも、実は立ち直れないほど落ち込んでいたということは、現役時代に何度もありましたか?

中畑 何回もあっただろうよ。それでも、その都度、気持ちを奮い立たせることができたのは、いま話したようなプラス思考であり続けたこと。そして、オレの場合は“仲間”の存在だな。若いころに巨人でプレーしていたときは、平田(薫)や二宮(至)のような大学時代からの同級生や、中井(康之)、山倉(和博)といった年齢の近い後輩たちと酒を酌み交わしながら、自分の状態を話して「お前から見て、オレのプレーはどうだ?」と聞いたりしてさ。話を聞いてもらえる相手がいるということも凄く大事なわけよ。

──それは、一般社会の人も一緒ですね。

中畑 そうだろうな。そして、「いまはちがってしまったけど、あのときのキヨシさんはもっとこういう形でしたよ」というような、ポッっと出てくるアドバイスが、「あ、そうだったか……」と気づかせてくれるひと言だったりするんだ。そういったことも、スランプから脱出する、いいきっかけになってくれたな。

全員がひとつになって行動に移せる元気なテーマ

──では、これが組織において、野球でいえばチームにおいて調子が落ち込んだ場合は、どのようにして対処していましたか?

中畑 う~ん。「カラ元気だとしても、元気を見せよう!」と、全員にしっかり話をして、チーム単位で目的意識をしっかりと持たせることが大事になるんじゃないかな。

──基本的には、個人と同じプラス思考で行くということですか?

中畑 基本的にはそうなんだけど、組織単位の場合は、現実的に行動に移すことが重要になってくるんだ。落ち込んでいるときというのは、なにをやっていても覇気がないように見えてしまうだろう? だから、野球であればせめて「攻守交代のときには全力疾走でいこう!」とかさ。ひとつの方向に全員が進んでいけるようなことをテーマに置くことが、地道なことだけれど、結局のところ一番の近道だとオレは思うよ。

──毎日、その日のテーマとか目標を挙げるというようなことですね。

中畑 そうそう、そういうのはいいよな。さっき言ったような攻守交代の全力疾走が徹底できるようになったら、次は「イニング間のボール回しをキビキビとやろう!」とか。そういう姿勢で日頃から取り組むことで、きっかけをつかむことができるし、調子は落ち込んでいても「オレたちは一生懸命やっているぞ!」という姿勢を、スタンドのファンに向けたメッセージとして見せることができる。それは、オレのなかでは、とてもわかりやすい指針だったんだ。

──なるほど。

中畑 思えば、オレはそういったことを現役のときからやっていたな。また、DeNAで監督になったときには、キャプテンに「そういうことをやっていったらどうだ?」と話をして、実行させていたよ。

──ただ、そういったことは、選手から自発的にしてくれるのが一番望ましいですよね?

中畑 そういうこと! それが理想だし、最高だよ。

──DeNAの監督に就任した当初は、その点で苦労されたとか……?

中畑 そうだな。最初はそういうことができないチームだったから。でも、要素として、どん底からでも気持ちを盛り上げられる選手というのは、いたんだよ。たとえば、(森本)稀哲がそうだった。だから、ちょっとこちらできっかけを作ってやらせるようにしてからは、徐々にその姿勢がチームに浸透してきて、昨年のシーズン前半あたりは、オレから指示を出して動かすようなことは、なにもなかったよ。

──昨年のDeNAは、シーズン後半に12連敗してしまい、チームの順位が瞬く間に落ち込んでいきました。そのとき、選手の姿勢はどうだったのでしょう。

中畑 いや、あのときは前向きな姿勢は決して崩してはいなかった。チンタラしている選手は、誰ひとりとしていなかったからな。だから、オレはあの12連敗は、単純に実力が不足していただけと受けて止めている。選手のせいじゃない。アイツらは、そのときにできることを、しっかりとやっていたよ。だから、責任を負うべきは監督であるオレだったということさ。

──4年間に渡って指導してきた成果ですね。

中畑 「前向きな姿勢で、いま自分にできることをしっかりとやっていく」というのは、オレの野球そのものなんだよ。「最後の最後まであきらめない」とか、「どんな状況でも全力プレーを怠らない」というのもそう。オレが野球を続けてきたなかで、ずっと貫いてきたことだからな。だから、口酸っぱく言ってきたし、それが、チームカラーのようになってきて、オレが抜けた今年も選手が同じ姿勢で頑張っているのは良かったと思うよ。

──ちょっと、大袈裟な言い方になりますが、いまの日本も元気を出していかないといけませんよね。

中畑 そう! それが一番だよ。落ち込むようなことがあっても、やらねばならないことをしっかりやって、前向きな姿勢で突き進む。世の中の構造は、年々、複雑にはなってきているけど、人が事を成すための姿勢というのは昔もいまも変わらないからね。みんなで元気よく生きて、これからの日本を底上げしていってほしいな。

(プロフィール)
中畑清
1954年、福島県生まれ。駒澤大学を経て1975年ドラフト3位で読売ジャイアンツに入団。「絶好調!」をトレードマークとするムードメーカーとして活躍し、安定した打率と勝負強い打撃を誇る三塁手、一塁手として長年主軸を務めた。引退後は解説者、コーチを務め、2012年には横浜DeNAベイスターズの監督に就任。低迷するチームの底上げを図り、2015年前半終了時にはセ・リーグ首位に立つなど奮戦。今季から解説者に復帰した。

キビタ キビオ
1971年、東京都生まれ。30歳を越えてから転職し、ライター&編集者として『野球小僧』(現『野球太郎』)の編集部員を長年勤め、選手のプレーをストップウオッチで計測して考察する「炎のストップウオッチャー」を連載。現在はフリーとして、雑誌の取材原稿から書籍構成、『球辞苑』(NHK-BS)ほかメディア出演など幅広く活動している。


キビタ キビオ