昨年は3度目の本塁打王と2度目の打点王に輝きながら、今年は上半身のコンディション不良で開幕に間に合わず、4月半ばに一軍初出場もその試合で故障が再発。前半戦はわずか1試合の出場に終わっていた「令和の三冠王」が満を持して一軍の舞台に帰ってきたのは、シーズン後半戦がスタートして間もない7月29日のことだった。

「いいところで打てるのが一番ですし、打点を挙げられることだったり、出塁することだったり、すべてにおいて頑張りたいなと思います」

 その日のDeNA戦(横浜)を前に抱負を語った村上は、一軍では103日ぶりとなる2回の第1打席で、相手のエース東克樹からレフトに先制のソロ本塁打。チームの連勝を3年ぶりの「7」に伸ばす決勝弾に、試合後のヒーローインタビューでは「チームも連勝してたので、僕が帰ってきて負けたら何を言われるかわかんないんで、必死に頑張りました」と笑顔を浮かべた。

 まさに令和初の三冠王となった2022年当時を彷彿とさせるような一発だったが、村上のバッティングは決してその頃に戻ったわけではない。この試合の後でそう指摘したのは、村上のルーキーイヤーはヤクルトの現役選手としてファームで共に汗を流し、二軍コーチを経て2022年からは一軍コーチを務める大松尚逸チーフ打撃コーチである。

「(当時よりも)進化してます。全然違うと思います。動き自体もシンプルになってますし、ボールに向かっていくというより、今はしっかりボールを呼び込んで打つっていうところなんで。今日のホームランなんかもね、横(ベンチ)から見てると普通のバッターだったら打てるタイミングじゃないと思うんですけど、それぐらいボールを(手元に)呼び込んで打てる状態にある。もともとスイングスピードも速いですし、それを従来の打ち方じゃなくてもうちょっと動きを小さくして、よりボールを長く見れる状態にあると思うので、その中でハードスイングができるというのは非常に見てて頼もしい」

 この日を皮切りに、村上は先述のとおり8月20日までの20試合で8本とホームランを量産。2.5試合に1本塁打というペースは、日本選手のシーズン新記録となる56本塁打をマークした2022年に匹敵する。8月12日のDeNA戦(神宮)でサヨナラ2ラン、8月15日の広島戦(マツダ)では決勝ソロと価値ある一発も多く、ヤクルトは村上に本塁打が出た試合ではここまで(8月20日時点、以下同)7勝1敗と高い勝率を誇る。

 それでもチームは首位の阪神と22・5ゲーム差、5位の中日とも4ゲーム差の最下位。髙津監督が「けっこう雰囲気があるというか、相手(投手)にもプレッシャーがかかるだろうし、こちらからしても期待感を持てる。本人はどう思ってるかわかんないですけども、なんとかしてくれるんじゃないかなという感じでこっちは見てます」と話しているように、巻き返しに向けて村上のバットにかかる期待は大きい。

 その一方で、昨年の契約更改でも「(2025年が)日本でやる最後のシーズンになる」と公言するなど、3年契約が満了する今オフに村上がポスティングによるメジャーリーグへの移籍を希望しているのは周知の事実。球団側も村上の意向を最大限に尊重する姿勢を示している。それは当然メジャーリーグの球団も把握しており、村上がサヨナラ2ランを放った8月12日のDeNA戦ではニューヨーク・メッツのデビッド・スターンズ編成本部長も視察に訪れるなど、ヤクルトの試合にはメジャー球団のスカウトが頻繁に足を運んでいる。

 「村上を獲るチームはある。それは間違いない。ボストン(・レッドソックス)が吉田正尚を(5年総額約123億円で)獲った時みたいに、期待込みでとんでもない金額を出すところがあるかもしれない」と見ているのは、そんなメジャー球団のスカウトの1人。カギを握るのは、村上が「残り40試合近くあって150打席ぐらい立つと思うけど、そこでどうなるか」だという。

「やっぱり95マイル(約153キロ)以上を打てないとね。筒香(嘉智、現DeNA)もそこに対応できなかった。村上はパワーはあるし、順応性も筒香よりあると思う。守備はサードはちょっとライン際が弱いけど、まあまあ守れる。(4月17日の阪神戦で)ライトもやったし、足は遅くないから外野もできるだろう。打てればファーストもあるし、DHもある。だから速い球を打てるか打てないか」

 具体的には現在11勝、防御率1.57でセ・リーグ二冠、村上自身も今季は2度の対戦で計7打数ノーヒット、4三振と抑えられている才木浩人(阪神)のようなパワーピッチャーを打てるかどうかだと、そのスカウトは言う。才木は中6日で回れば8月24日に神宮で行われるヤクルト戦に先発することになるだけに、今季3度目の対戦が実現すれば格好の試金石になりそうだ。

 その試合も含め、村上が「日本でやる最後のシーズン」と位置付けている今季のヤクルトのゲームは残り「38」。チームのため、ファンのため、そして自分自身の未来のためにも、実に重要な38試合になる。


菊田康彦

著者プロフィール 菊田康彦

1966年、静岡県生まれ。地方公務員、英会話講師などを経てメジャーリーグ日本語公式サイトの編集に携わった後、ライターとして独立。雑誌、ウェブなどさまざまな媒体に寄稿し、2004~08年は「スカパー!MLBライブ」、2016〜17年は「スポナビライブMLB」でコメンテイターも務めた。プロ野球は2010年から東京ヤクルトスワローズを取材。著書に『燕軍戦記 スワローズ、14年ぶり優勝への軌跡』、編集協力に『東京ヤクルトスワローズ語録集 燕之書』などがある。