横綱の給料

不祥事から新鋭の初優勝、そして横綱の引退と、ニュースが目白押しの大相撲。
そのなかで去年11月に力士の給料引き上げというニュースが掲載されていたのをご存じだろうか?
実は力士の給料が引き上げられるのは18年ぶりのこと。若貴人気に沸いた相撲界も、その後不祥事などの影響もあって人気が低迷し長く給料は据え置かれていた。稀勢の里の活躍を筆頭に、続々と若い力士が出てきて再び人気を取り戻したことで、ようやく給料が引き上げられることになったのだ。その矢先に人気を引っ張ってきた稀勢の里が引退というのも皮肉な結果ではあるが・・・。
それで横綱の給料がいくらになったかと言えば、月額が282万円から300万円に上昇した。約6.4パーセントのアップだ。
とすると横綱の年収は300万×12か月の3600万円?いやいや、そんなもんじゃない。

夢が膨らむ懸賞金

月額の給料に加えて手にする代表例が、土俵をぐるっと1周する旗で有名な懸賞金だ。
お茶漬けの永谷園や清酒・大関などが有名だが、ポール・マッカートニーの日本公演なんかの旗がお目見えしたこともあった。手刀を切って祝儀袋の束を手にする力士の姿はテレビ中継での楽しみのひとつだ。
懸賞は原則誰でもかけることができる。1本につき6万2000円、ただし1場所15本以上かけなければいけない。それと、懸賞旗は懸賞をかける側が用意する必要がある。横70cm、縦120cmという寸法のほか、棒や房の形状など、結構こまかく定められている。
しかし、それだけ用意すれば、館内放送で会社名やキャッチフレーズが流れるし、取組表にも企業名などが載る。さらにうまくいけばNHKの中継に映り込むかもしれない。そう考えると意外と割安な広告手段なのだ。

しかし多くは大相撲そのものや贔屓の力士を応援するもの。力士がひいきにしているレストランなどからの懸賞もある。勝った力士は懸賞旗と同じ数の祝儀袋を手にする。その中に入っているのは現金3万円。
6万2000円払っているのに何故?と思うかもしれないが、5300円を協会が手数料で取り、残りは主に税金に充てられる。わかりやすく言えば、源泉徴収されて3万円が支給されたというところか。力士に聞くと「税金を気にせず使えるので気が楽」という人が多い。

過去の最高は61本。記録を調べると何度かあるようだが、直近は2017年夏場所7日目の稀勢の里と御嶽海の一番。手にしたのは横綱として最初の国技館に臨んでいた稀勢の里だった。税金を引かれたあとで183万円の臨時収入をわずか1番の相撲で手にしたわけだ。
ちなみにこの相撲は55秒だったので1秒で3万3272円を稼いだことになる。
稀勢の里の取組には、かつて1場所15日間で608本の懸賞がかけられたことがある(この場所は残念ながら途中休場したが…)。仮に全勝していれば懸賞だけで15日間で1824万円の稼ぎ。夢のような数字だ。

褒賞金って? 減ることのないボーナス

そのほかに年に2回のボーナスや巡業の手当なども付くが、大きいのが年6回開催される本場所ごとに支払われる力士褒賞金だ。オールドファンには「持ち給金」と言った方がわかってもらえるかもしれない。
力士が勝ち越すことを「給金直し」と言ったり、勝ち越しがかかった相撲を「給金相撲」と言ったりする。それは勝ち越した分だけ「給金」=褒賞金が加算されるためだ。

この褒賞金の計算方法は結構ややこしい。
簡単に説明すると地位ごとに基礎額が設定され、それに勝ち越しの数や幕内での優勝、そして金星によって加算されることになる。例えば横綱の地位に基づいた基礎額は60万円。そこに優勝経験者は優勝1回ごとに12万円、さらに全勝優勝であれば20万円が加算される。勝ち越しは1つごとに2000円、例えば10勝5敗で場所を終えると1万円が加算され、金星を挙げた力士は1個につき4万円が加算される。
優勝41回、そのうち全勝優勝が14回ある横綱・白鵬を例にとると、優勝だけで27×12万円と14×20万円で合計604万円。それに勝ち越しや金星、基礎額を足し合わせるとおよそ800万円が本場所(2か月に1回)ごとに支給されることになる。
ポイントは一度加算されたら、その給金は減ることがないと言うことだ。現役の関取である以上は、その額は上がることはあっても下がることはない。
まあ白鵬は優勝回数が頭抜けているので給与の褒賞金も飛び抜けて高いが、稀勢の里で120万円あまりと横綱でも100万円台が一般的と言っていいだろう。

横綱の責任の裏返しの側面も

しかし、横綱にとって褒賞金は諸手を挙げて歓迎できる制度ではない。金星の存在があるからだ。金星は平幕が横綱に勝ってあげた星のことを言う(小結、関脇、大関が横綱に勝っても金星ではない)。因みに不戦勝でも金星にならない。
平幕がよく頑張ったという名誉の証なのだが、ここにお金が絡む。
金星ひとつにつき勝った力士は場所ごとに4万円の褒賞金を手にする。年額では24万円。これが引退するまでずっと支払われる。稀勢の里は、横綱在位わずか12場所で皆勤したのは2場所だけだったが18個の金星を配給した。
金星を挙げた力士は全員がいまも現役なので、その力士たちに年間24万円×18個=432万円が支払われることになる。もちろん稀勢の里が引退した後もだ。負けがそのまま相撲協会の財政の負担につながるのは、横綱が特別な地位だからだ。それは横綱の責任の裏返しとも言える。
この制度があることで、下の力士は思いきって横綱にぶつかっていく。そしてそれをはねのけるのが横綱の使命であり存在意義だ。
この二場所で稀勢の里が配給した金星は5個。そういう意味でも限界だったという訳だ。

夢と金と希望と

「土俵には金が埋まっている」とはよく言ったもので、大相撲の最高位・横綱まで上り詰めたら年収1億円というのも夢ではなくなる。
さらに、横綱は稀勢の里までで歴史上72人しかいないし、3代目までは伝説上の人物とされる。自分が生きている間に何人の横綱の現役生活を見ることができるのか?まさに稀な存在なのである。

希望を持って角界の門をたたいた若者が、裸一貫実力をつければ年収1億円を手にできるかもしれない。額以上に横綱として地位と名誉を得ることができる。
そんな夢のような存在が横綱であり、その地位があるからこそ大相撲は国技として輝き続ける。
第73代の横綱の座をつかむのは誰なのか。稀勢の里が引退したばかりというのに、もうそんなことを考え始めているのは横綱の魅力に取りつかれているからかもしれない。

羽月知則

著者プロフィール 羽月知則

スポーツジャーナリスト。取材歴22年。国内だけでなく海外のスポーツシーンも取材。 「結果には必ず原因がある、そこを突き詰めるのがジャーナリズム」という恩師の教えを胸に社会の中のスポーツを取材し続ける。