―2018年、スポーツ界では不祥事が相次ぎました。特に、体罰や暴力行為に端を発して、選手と指導者の関係性に焦点が当たる1年だったと思います。河田さんはこのテーマをどのように捉えていますか?

「要は“時代に合うか合わないか“ではないでしょうか。日本のビジネスのグローバル化が進むなかで、マネジメントにも海外のスタンダードが浸透してきた。その流れがようやくスポーツ界にも訪れ、問題が顕在化したのだと思います。
たとえば日本では、練習環境が恵まれていないスポーツクラブや学校が、夜を徹して練習に明け暮れたり、スポーツ以外の時間をすべて犠牲にして勝利を目指したりすることを美談とする傾向がありますよね。でもこんなことは美しくもなんともない。指導者のマネジメントスキルの低さを露呈しているにすぎません。

ほんの少し前までは、これと同じことが日本のビジネス界でも起きていました。寝食を忘れ、家族との時間を犠牲にしてでも仕事をする社員が“社員の鑑”とされた時代です。今も一部の企業では残っているのかもしれませんが。
そうした旧来式の価値観が薄れ、スポーツの指導者とビジネスのマネージャーが同じ基準で評価されるようになってきた。これはスポーツ界にとっては良い傾向ではないでしょうか。」

―世代交代が起きるなか、未だ旧来式の価値観を持つ指導者層も多く残っています。そうした人はどのように時代の変化に向き合うべきなのでしょうか。

「まずは、選手一人ひとりに将来があるということを考えてほしい。選手が一人の指導者と過ごす時間は、長いように見えて人生のなかではある一点にすぎない。思春期の学生に髪形を強制する権利も、怪我を押して試合に出ろと言う資格もない。一人の指導者が接するほんのわずかな期間が、その後の選手の人生にインクをこぼすようなことがあってはならないんです。」

―結果的に選手の成長や、成績に結び付いていたとしても、厳しすぎる指導は正当化されてはいけないということでしょうか?

「むしろそうした考え方が一番危険だと思います。よく選手自身が「それを体罰だと感じていたかどうか」が問われるシーンがありますが、本人がよければいいという問題ではありません。かつて、競技に集中するために高校から通信制の学校に進学した選手の記事を読んだことがあります。その選手は中学生のころからJOCエリートアカデミーに所属しており、通信制の学校に進んだおかげで週6日練習ができて嬉しいと話していました。それを見て「これは虐待だ」と思いましたね。選択肢を一つしか与えない、もしくは著しく狭めるという虐待です。

それが日本のスポーツを発展させると主張する人は、世界の事例を見たほうがいい。NCAAでは、学生が競技と学業を両立できる環境を管理しています。そうした環境下で育成されたスタンフォード大学の現役、OB、OGがリオデジャネイロ五輪で獲得した金メダルは16個(※1)。 一方で、スポーツに集中できる環境で選手を育てたはずの日本は12個。この結果がすべてを物語っていると思います。」

―日本の指導者の意識を変えるためにはどのようなことが必要ですか?

「指導者にプロフェッショナルの意識を持たせることでしょう。残念ながら、学生スポーツの指導者の多くはプロではない。教師が顧問として部活を受け持っているケースも多く、片手間に指導をすることになる。アメリカでは多額の報酬と同時に、指導の責任が生まれ、結果如何では解任になる。そこで競争が生まれるわけです。競争が生まれるから成長する。こうして指導者のレベルが引き上げられていきます。」

―現在日本版NCAAと呼ばれるUNIVASが発足し、学生スポーツの指導現場に一石を投じようとしています。このUNIVASが機能するためにはどのようなことが求められると考えていますか?

「NCAAのトップ校で指導をしている僕に声がかからない時点で言いたいことはありますが(笑)。
まずは組織自体が強い強制力を持たなければ意味がありません。そのためにはUNIVASに加盟する意義を感じさせる必要があると思います。
2011年、カレッジ・フットボールの強豪、ペンシルベニア州立大学のアシスタントコーチが、少年たちへの性的虐待の常習犯として逮捕され、NCAAはこれに対し約70億円の罰金を大学側に課しました。国内でも衝撃が走るほどの額でしたが、大学はこれを支払った。つまり、NCAAを除名されることのほうが痛手だと判断したわけです。UNIVASがこれほどの存在になれるかどうかが、今後の課題になるのではないでしょうか。」


2018年に起きたスポーツ界の数々の不祥事は氷山の一角に過ぎず、人知れず、ぎくりとした指導者も多かったのではないかと河田氏は苦笑交じりに話した。「選択肢を与えない虐待」を根絶するために、UNIVASは抑止力を持つ組織となれるのか。2025年までに20万人規模の学生アスリートを擁するという目標の先には、20万通りの将来がある。

※1:Tommaso Grant(2016)「Rio Olympics 2016: which universities produced the most gold medal winners?」

小田菜南子