▽連鎖反応

今回の日本選手権には、白血病と闘っている女子の池江璃花子(ルネサンス)、不調が続いている男子の萩野公介(ブリヂストン)と男女のエース格が不在だった。男子で200㍍と400㍍の個人メドレー、200㍍バタフライの3冠に輝いた瀬戸大也(ANA)、200㍍平泳ぎ優勝の渡辺一平(トヨタ自動車)らは世界選手権の派遣標準記録を突破し、貫禄を示した。ただ、それに続く層がいまひとつで、目覚ましい新星も出現しなかった。

競泳(リレーを除く)と同じく個人で戦う柔道で、かつて日本男子代表監督を務めた篠原信一さんが、2012年ロンドン五輪の後、大舞台での戦い方の難しさについて次のように言っていた。「個人戦であり団体戦。初日から3日でいかに金メダルを取れるかが大事です」。ロンドンで日本男子は五輪史上初めて金メダルなしの屈辱を味わった。個人競技にもかかわらず、ある選手の出来不出来などが他のアスリートに影響してしまう複雑さ。今回の競泳の日本選手権は、以前に好タイムを出していた池江や萩野がいないことによる連鎖反応が発生したとも考えられる。

▽過去に期待外れ

言うまでもなく五輪は世界最大級のスポーツイベントで、選手たちは最高のパフォーマンスを発揮すべくコンディションづくりに励む。ただピーキングに関し、過去の五輪でも事前の大きな期待とは裏腹に本番では力を発揮できずに好成績に結びつかなかった例がある。最近では2006年のトリノ冬季五輪が顕著だ。大会前、日本選手は各競技の国際大会で軒並み好成績を連発していた。メダルの獲得目標は5個だったが、ふたを開けてみればフィギュアスケート女子で荒川静香が獲得した金の1個だけと惨敗した。日本オリンピック委員会(JOC)の竹田恒和会長が「JOC、競技団体、マスコミとも、五輪前に騒ぎ過ぎの感じがあった」と苦々しく話したほどだった。

スピードスケート短距離と並んで有力なメダル候補に挙がっていたのが、当時は新興競技とされていたスノーボードのハーフパイプだった。そのシーズンのワールドカップ(W杯)で男女とも日本勢が優勝をさらって勢いに乗っていたが、五輪では急ブレーキ。男子に至っては4人全員が予選落ちの屈辱だった。金メダルに輝いたショーン・ホワイトら、普段W杯にあまり出て来ない強豪の米国勢に関する情報不足など、敗因はいくつか指摘された。その中で、日本の男子選手たちは口々に「敗因はメンタル面。ここ一番で飛んでくるやつが強い」、「100パーセントを出す前にやられた」と率直に反省。いくら事前に調子が良くても、五輪本番で力を出せないと意味がないことを痛感させられる言葉だ。

▽タイガー復活の裏

反対に、綿密な準備で大舞台へピークを持っていき、華やかな栄冠を勝ち取ったのが、まだ記憶に新しい男子ゴルフのタイガー・ウッズ(米国)だ。4月14日まで米ジョージア州のオーガスタ・ナショナルGCで開催されたメジャー第1戦、マスターズ・トーナメントで14年ぶりの復活制覇を成し遂げ、11年ぶりのメジャータイトルを獲得した。不倫騒動など私生活のトラブルや度重なる腰の手術など、逆境を乗り越えたスーパースターの姿に世界中が感動に包まれたが、その裏にはしっかりとしたピーキングがあった。

他の米ツアーをこなしながら、昨年10月からマスターズに向けて準備を始めていたというのだ。2月の時点で「オーガスタで必要となるショットを練習し、有効なクラブは何かを考えている。特に平らではない場所から、これまでうまくいったスイングと苦しんだスイングをチェックするし、当然グリーンもね」と明かしていた。また43歳のウッズは、マスターズに万全のコンディションで臨めるように出場する試合の選択にも細心の注意を払ったという。「残念ながら、出たいと思っている試合にすべて出場するわけにはいかない」と話すなど、メーンのターゲットをしっかりと定めてツアー生活を送った。その成果が〝ゴルフの祭典〟で結実。ピーキングの重要性を体現した形となった。

▽敵を知り己を知る

競泳の世界選手権の個人種目で優勝すれば、東京五輪の代表に内定する。5月下旬からのジャパン・オープンが代表の追加選考の場となる。日本選手権で見つかった課題を糧にしながら改善に取り組む選手やスタッフたちの苦労は相当なものであることは想像に難くない。海外勢の分析を深化させながら、日本選手権の不振ゆえに自分たちを厳しく顧みる。中国の兵書「孫子」にある「敵を知り己を知れば百戦危うからず」。今後さまざまな大会を経験しながら、結果的に東京五輪にピークを持っていける可能性だってある。


高村収

1973年生まれ、山口県出身。1996年から共同通信のスポーツ記者として、大相撲やゴルフ、五輪競技などを中心に取材。2015年にデスクとなり、より幅広くスポーツ報道に従事