望月は、ウィンブルドンがグランドスラム・ジュニア出場2回目だったが、これまで日本男子ジュニア選手が誰も獲得できなかったグランドスラムタイトルを、若干16歳でつかみ取ってみせた。だが、当の望月自身にとっては、グランドスラム初優勝をやってのけた感慨を覚えることはなく淡々としていた。

「快挙と言われても、そんな実感がないんですけど、ウィンブルドンに限らず、大会をまず優勝できたことが、自分にとっての成長だと思う」

ウィンブルドンのナンバーワンコートの選手ボックスで、望月が優勝する瞬間に立ち会った、ジュニアデビスカップ代表監督の岩本功氏は、長年、日本男子ジュニアの海外遠征に携わってきただけに、ついに日本男子ジュニアがグランドスラムの頂点に到達したことに関して、望月本人以上に感銘を受けたようだった。

「やっとここに届いたというか、扉を開いてくれたという思いです。今まで(日本男子ジュニアはグランドスラムで)ベスト4が最高だったので、望月が結果を出したことによって、他の選手たちもみんなできると思えるようになって、今後につながると思います」

また、望月が小学5~6年生の時に指導した、TeamYUKA代表の吉田友佳さんは、わが子のことのように望月の偉業を喜んだ。
「いつかはグランドスラムのジュニアで勝つ時が来て、そしてプロになるんだろうなって思っていました。ただ、グランドスラムのジュニア2大会目で優勝して、ただただびっくりしました(笑)」

さらに望月は、ウィンブルドン後、7月15日付けのITFジュニアランキングで初の世界1位に輝いた。日本女子ジュニアでは、1991年に杉山愛さんが1位になったことがあったが、日本男子ジュニアでは望月が初めてでこれまた快挙だった。これは錦織にも達成できなかった偉業だ。

「最高です。ジュニアとはいえ、世界一になったわけですから、計り知れない」と吉田さんが、教え子による世界の頂点到達を喜び、岩本監督は、「すごいというよりも、嬉しいですね。16歳で世界の頂点にいったので、エリートの仲間入りかもしれないけど、まだエリートとは認めたくない、まだ先があるので」と喜びの中にも慎重な姿勢も見せた。

望月のプレーの持ち味は、コートを広く使って、しっかりコースを突き、相手の弱点を攻略できることだ。さらにネットプレーでフィニッシュしてポイントにつなげられることが、望月の強さであり、ウィンブルドンの試合でも多く見られ、初優勝への原動力となった。

「パワーでは確実に勝てないので、できるだけ違うことで、何が自分の強みなのかを探りながらやった結果」と語る望月が、試行錯誤によって誕生させたオールラウンドプレーなのだ。岩本監督は、望月の非凡な才能を次のように評価している。

「グラス(天然芝)では初めてだったが、対応力が良くて、彼のテニススタイルですごく適応できていた。もともと変則とまでは言いませんが、ネットに出るタイミングが上手い。その点をグラスで活かせた。ネットプレー自体もうまいですから、優勝できた理由の一つだと思います。特に、ネットに出ていくタイミングは、望月のもともと持っていたセンスの良さであり、見極めもいい。まさに流れるような感じでネットにつめられて、相手の打ったボールに対して素早く反応できる」

吉田さんも、望月のネットプレーとバックハンドストロークの上手さには昔から非凡なものがあったと目を見張っていた。
「慎太郎は、どんな時でもいかにネットにつなげるか、ということを考えているようでした。1歳上のお兄ちゃんがいて、パワーで勝てないという経験があって、駆け引きを取り入れた。しかもボレーセンスがすごかった。もともとバックハンドストロークが得意ですね。タイミングの上げ下げができていて、習ってやるというよりは、元から備わっていた。」

望月は、13歳の時に「盛田正明テニス・ファンド」の奨学金のサポートを受けて、錦織が拠点にしているフロリダのIMGアカデミーで海外テニス留学を始めた。
「盛田ファンド」の卒業生である錦織にとって、後輩にあたる望月の活躍はまさに心待ちにしていたことだった。
「めちゃくちゃ嬉しいですよ。プレーを見ていても、この1年ぐらいで、ガラッと上達しましたし。すごくテニスが楽しみなプレーをするので、将来が楽しみな選手の一人です」

ジュニア時代に、グランドスラムで優勝したり、世界1位になったりしてから、プロでも成功を収める例は過去にいくつもある。例えば、グランドスラム20勝のロジャー・フェデラーは代表的な成功例だ。
逆の例もある。錦織がジュニア時代に取れなかったグランドスラムのシングルスタイトルを獲得していたのは、ドナルド・ヤングだった。だが、プロになってからは立場が逆転して、大成したのは錦織だった。

錦織は自身の経験も踏まえたうえで、今後プロに転向していくであろう望月にアドバイスを送る。
「今、正直1位になったり、グランドスラムを取ったりしたからといって、何の保証にもならない。彼(望月)の活躍は、率直に嬉しいですけど、まだまだプロのスタート地点にも立っていない。彼はすごく努力家です。まじめすぎる部分もあるので、そういう部分を、なんかこうプラスにもっていければいいのかなと思う」

日本のジュニア選手でも、ジュニア時代にグランドスラムで活躍したり、ジュニア世界ランキング上位を獲得したのにもかかわらず、プロで成功できなかった例はいくつもある。ただ、望月が勘違いしてしまう可能性は極めて低いのではというのが、岩本監督と吉田さんの共通認識だ。

「絶対勘違いすることはないと思う。今はもう忘れちゃっているぐらい、な感じ。トレーニングやスケジューリング、盛田ファンドで、本当に厳しくやっているので、振り返っていられないような感じです。(ウィンブルドン優勝に関して)本人の位置付けは、通過点なんです」(吉田さん)

「望月は勘違いすることはないんじゃないかな。まだ4つあるグランドスラムの内の1つに勝っただけ。上には上がいますし、所詮ジュニアでのことですから。そして、プロという、果てしなく奥の深い世界が待っているわけですからね。ハードルは高いですよ。もちろん1回優勝という結果を出したことはいいことです。でも、次に向かうための取り組みをすべきですね。望月も、その切り替えは大丈夫だと思います」

望月自身も、「調子に乗るのは絶対良くないので、自信にして頑張りたいと思います」と持ち前の切り替えの早さで、次のステージをしっかり見据えている。

錦織が、ATPのチャレンジャー大会やツアーの予選に果敢にチャレンジしていたのが17歳のときで、ツアーの本戦に上がることもあった。望月は、来年17歳になるが、今後は、ジュニア大会よりも一般の大会に挑戦する機会を増やしていくことになりそうだ。
そして、その先にあるのがプロの道で、自分らしい独自のプレースタイルを確立できればと望月は考えている。
「この人になりたいという感じはないですけど、自分の今やっていることを積み重ねて、自分だけのものをつくりたいと思っています」

望月の思いを汲むかのように、吉田さんも教え子のプロテニス選手将来像を膨らませる。
「結果よりも、みんなが見て楽しいね、と思えるプレーヤーになってもらえたらいいかな。“第2の錦織”というよりも、望月慎太郎としてテニス選手の形を築いてほしい」

8月末に始まるUSオープン・ジュニアの部では、世界1位の望月が第1シードになる予定で大きな注目が集まるかもしれない。岩本監督も「当然期待はしていますよ」とハッパをかけるが、案外望月はいつも通りのプレーに徹するだけなのではないだろうか。そして、その先にまたグランドスラムの頂点が見えてくるに違いない。


神仁司

1969年2月15日生まれ。東京都出身。明治大学商学部卒業。キヤノン販売(現キヤノンマーケティングジャパン)勤務の後、テニス専門誌の記者を経てフリーランスに。テニスの4大メジャーであるグランドスラムをはじめ数々のテニス国際大会を取材している。錦織圭やクルム伊達公子や松岡修造ら、多数のテニス選手へのインタビュー取材も行っている。国際テニスの殿堂の審査員でもある。著書に、「錦織圭 15-0」(実業之日本社)や「STEP~森田あゆみ、トップへの階段~」がある。ITWA国際テニスライター協会のメンバー 。