まず、錦織が、デビスカップ日本代表メンバーに名を連ねるのは、2020年3月のエクアドル戦以来、約4年半ぶりだった。

 さらに、デビスカップでのシングルス出場は、2016年3月にバーミンガムで開催されたイギリス戦のアンディ・マリー戦以来。そして、シングルスでの勝利は、同じくイギリス戦のダニエル・エバンズ戦以来で、約8年半ぶりの帰還となった。

「え~~、まぁ、長い期間やっていないとは思ってはいましたけど、ちょっとそれだけやっていなかったのは、ちょっとびっくりもあり。若干寂しさみたいのはありましたけど、デ杯出ていないなっていう、出ていないというか、出れてないなというところはあったんですけど」

 2016年当時、錦織は、世界のトップ10プレーヤーであり、シングルス1を任される日本の絶対的なエースだった。イギリス戦では、マリーに敗れたものの、アウェーの地で歴史に残る5セットにおよんだ激戦を演じてみせた。

 今回のコロンビア戦では、錦織の他に、西岡良仁(54位、28歳)、ダニエル太郎(92位、31歳)、望月慎太郎(146位、21歳)、綿貫陽介(338位、26歳)が代表入りして、34歳の錦織がチームメンバーの最年長となり、改めて月日の流れを感じさせた。

「(2016年と)また雰囲気が違ったところがありますね。以前プレーした時は、伊藤(竜馬)選手、杉田(祐一)、添田(豪)くんもそうですし、その時代ももちろんトップ100にいっぱいいて強かったんですけど、今、自分が34(歳)になって、全員(自分より)若いですし。今、18歳の2人の強い選手がいて、下からの怖さというか、それが育ってきている嬉しさもありますし、もっともっと頑張ってほしいというところもありながら、このチームにいれている立ち位置の違いが確実にある」

 デビスカップ日本代表監督には、かつて錦織のチームメイトとして共に戦ってきた添田豪氏が、2023年シーズンより就任しており、40歳で若い監督に錦織は信頼を寄せている。

「添田監督と戦うというのも、また感慨深いですね。オリンピックで一緒に戦った仲でもありますし。尊敬する先輩でもあるので。そのチームでできることの嬉しさは当然多くあります」

 コロンビア戦初日に、錦織は、シングルス2として戦い、ニコラス・メヒア(237位)を、錦織本人が満足いくようなテニスではなかったものの、地力の違いを見せて6-4、6-3で破り、日本チームに2勝目をもたらした。ベンチに戻れば錦織のすぐ横に添田監督がおり、時にはアドバイスをしたり、タオルを渡す場面が見られたりして、「添田くんがベンチにいる頼もしさもある」と錦織は振り返った。

 ただ、錦織の心の中には、約4年半ぶりとなる日本代表復帰について、嬉しさや懐かしさとは別の感情もわき起こっていた。

「ちょっとまぁ、自分の中でも葛藤はあり、自分がデ杯に出ることがいいことなのか……。今、若手が育ってきて、慎太郎だったり。まだ坂本怜、本田(尚也)くんは、まだちょっと早いですけど、そういう選手に経験させてあげた方がいいというのもあるだろうし。まぁ、それでも、今、自分の調子が上がってきて、日本を勝たせるというところで、自分が力になれたら、それはそれで、もちろん嬉しいですし。今回、添田監督に話をもらって、出たいなというのもありましたし、このデ杯の戦いで、やっぱりこの緊張感の中で試合をできるという経験値的なものもやっぱり大きいので、そこで戦えることと、久しぶりに日本で戦える幸せ、この気持ちを味わいたいなというのもあった」

 正直に言えば、錦織に葛藤があったという吐露は意外だった。多くのファンは、錦織がデビスカップ日本代表として再びプレーする姿を見たいと望んでいた。しかも、2017年2月のフランス戦以来となる有明コロシアムでのデビスカップ開催であり、選手ならプレーしたいと思うのが当然のことと思えたからだ。そして、葛藤があった錦織を代表復帰へ導いた添田監督の存在は大きかったのではないだろうか。

 そもそも錦織は、2010年代に日本のエースとして戦っていた頃から、日本代表チームのことを心配し、若い力の台頭を誰よりも望んでいた。錦織と同じ「盛田正明・テニスファンド」(以下、盛田ファンド)出身の西岡が、代表入りして成長を遂げ、コロンビア戦では、シングルス1として2勝を挙げてエースとしての責務を果たし、日本チームの勝利に大きく貢献した。

「今回、西岡選手のナンバーワン(シングルス1)としての頼もしさ、なんかこう日本を背負って、今一番手として戦っている背中の大きさもちょっと感じた」(錦織)

 また、日本テニス界にとって喜ぶべきことは、日本代表の勝利だけでなく、有明コロシアムが多くの観客によって埋め尽くされたことだった。錦織がプレーしたコロンビア戦の第1日目は、8780人が有明コロシアムに訪れた。わずかにあった当日券もすぐに売り切れ、“錦織効果”がてき面に表れた。

 だが、未来に目を向けると喜んでばかりもいられない。興行面では、現状として“錦織頼み”であることを否めないからだ。もちろん錦織を見たいというファンの需要があることは良いことなのだが、当然のことながら選手生命には限りがあることを忘れてはならない。

 キャリア終盤にさしかかっている錦織には自分の意志で、今後の自分の道を選んでいってほしい。世界ランキングでトップ100復帰を目指す錦織は、日本代表より選手個人としてのスケジュールを優先させるべき場面が今後出てくるかもしれない。

 日本テニス協会は、やがて訪れる世代交代によって選手の顔ぶれが変わっても、テニス観戦人気が高く維持できるような持続可能な方法を打ち出していくべきで、それには若い世代にテニスへの関心を高めてもらうことが必要不可欠だ。

 コロンビア戦勝利によって、日本は、2025年2月開催予定のデビスカップ・ファイナルズ予選に進出した。勝利後の会見室に現れた添田監督は、いすに座った途端、思わず大きく息をはきながら安堵の表情を浮かべた。それだけ重圧を感じていたのだろう。

 9月20日には、コロンビア戦でデビスカップ日本代表のサポートメンバーとして帯同していた坂本怜が、ジュニアからプロへ転向した。ジュニア最後の年となる2024年シーズンには、オーストラリアンオープン・ジュニアの部シングルスで優勝、USオープン・ジュニアの部ダブルスで優勝、ITFジュニアランキング1位にもなった。さらに、2024年2月にはデビスカップ日本代表にも初めて選ばれた、将来を嘱望される18歳だ。来年は日本代表として戦いたいと有明コロシアムで高らかに宣言した坂本は、錦織、西岡、望月に続いて盛田ファンドの出身だ。今後、坂本の成長が進めば、日本代表メンバーの若返りが加速していく可能性がある。

 そして、「早いうちにもっともっと日本が、強くなってくれると嬉しいですね」と語る錦織の願いが実現するかもしれない。


神仁司

1969年2月15日生まれ。東京都出身。明治大学商学部卒業。キヤノン販売(現キヤノンマーケティングジャパン)勤務の後、テニス専門誌の記者を経てフリーランスに。テニスの4大メジャーであるグランドスラムをはじめ数々のテニス国際大会を取材している。錦織圭やクルム伊達公子や松岡修造ら、多数のテニス選手へのインタビュー取材も行っている。国際テニスの殿堂の審査員でもある。著書に、「錦織圭 15-0」(実業之日本社)や「STEP~森田あゆみ、トップへの階段~」がある。ITWA国際テニスライター協会のメンバー 。