国士舘クラブは国士舘大学のクラブチームだが、実際には、右代は授業も持っている国士舘の大学職員で、大学から給与が出ているアマチュアアスリートだ。競技名にだけ言及すると、元日本チャンピオンの武井壮の知名度が高いかもしれない。

しかし、陸上への理解度が高い欧州での認知度も人気も極めて高く、オリンピックには第3回となる1904年のセントルイス大会から採用されている伝統ある種目だ。そして、その十種競技のチャンピオンはこのように呼ばれる。

 「キング・オブ・アスリート」

「キング・オブ・アストリート」と呼ばれる十種競技とは

文字通り、アスリートの王様。世界中の陸上競技以外のアスリートからも称賛、尊敬を集める。走る。投げる。跳ぶ。そのすべてで一流の身体能力を持つことを意味するからだ。もちろん、各選手に得意種目、不得意種目は存在するが、〝二刀流〟どころではなく、〝十刀流〟で戦う。そこには過酷であり、なかなかマネできないからこそ、凄みが詰まっている。女子七種競技のチャンピオンも同じように「クイーン・オブ・アスリート」と称される。

まず十種競技は2日間に渡って行われる。もちろん種目は10だ。1日5種目ずつ。その記録を得点に換算し、合計点を競う。

1日目に行うのは100メートル、走り幅跳び、砲丸投げ、走り高跳び、400メートル。そもそも一般的に100メートルと走り幅跳びを両立する選手はいても、そこに400メートル、走り高跳び、まして砲丸投げも一緒に練習をしている選手など十種競技の選手以外にはいない。次の種目に進むには最低でも30分以上の間隔を空けることがルール化されているが、逆に言えば、それしかない。種目の間の休憩時間は少なく、だからこそ本当に恐れ入る。

2日目には110メートルハードル、円盤投げ、棒高跳び、やり投げ、1500メートル。その途中からは選手の疲労もスタンドまで伝わってくる。選手同士が励まし合う雰囲気になり、時にその会話も耳に入ってくるようにもなる。その最終種目には体力的にもっとも厳しい持久力が問われる1500メートルが待っている。

それは十種競技にしかない過酷さである。しかし、同時に十種競技にしかない魅力でもある。最後の1500メートルを走り追えると、体の髄まで力を出し尽くした選手はゴール先で倒れ込む。そして、互いに健闘を称え合うのだ。大男たちが手を取り、抱擁を交わし合う。その空間には充実感、満足感が満ちる。互いに一緒に競い合い、戦っていたライバルという存在を超越する。登頂に成功した登山客のように記念撮影が始まることも。過酷すぎる戦いを一緒に乗り越えた経験を通じ〝仲間〟になるのだ。もちろん、他の競技、種目にもスポーツマンシップ、ライバル関係の友情は存在するが、その色は十種競技が過酷さゆえ、もっとも濃いように思える。スタジアムにいる観客も喝采を惜しまず、自然と総立ちで選手の戦いぶりをねぎらう。

世界陸上ではニクラス・カウル(ドイツ)が8691点で金メダルを獲得し、21歳7ケ月と史上最年少で十種競技のチャンピオンになった。その種目別の成績を見てみる。
※「図:十種競技世界チャンピオン記録と日本選手権における各競技の記録比較」のオレンジマーク部分

図:十種競技世界チャンピオン記録と日本選手権における各競技の記録比較

もちろん、各種目とも世界陸上の予選突破できるレベルではない。しかし、やり投げの79メートル05は、今年の日本選手権に当てはめれば、2位相当になる。もちろん、今年の日本選手権はどしゃ降りの雨とコンディションは悪かったし、そもそも違う大会なので、単純に比較はできないが…。いずれにしても、そんなに遠くに槍を投げられる人が、100メートル、400メートル、1500メートル、110メートルハードルを走り、砲丸、円盤を投げるだけでなく、幅跳び、高跳び、棒高跳びまで出場していると言えば、その凄さは伝わるだろうか。また190㌢の巨体アスリートたちが、華麗に空中を舞う姿は、傍から見れば、信じ難い。それも日程はわずか2日間という詰まったもの。「キング・オブ・アスリート」との言葉もうなずけるはずだ。

なかなか日本人にとっては馴染みが薄い競技だが、1度だけでも観戦すれば、その魅力は伝わるはずである。その時は、ぜひ飽きずに、1500メートルまで見続けてもらいたい。


星野泉