しかし、この奇跡ともいえる初優勝を貴闘力の幕尻優勝と比較することはできない。貴闘力は通常幕尻との取組がない三役と対戦しながらも破竹の12連勝。13日目から審判部の英断で異例の武蔵丸、曙との横綱2連戦。壁は厚く2連敗したが千秋楽の時点でも優勝争いを独走。千秋楽の、負ければ優勝決定戦になってしまう大一番で関脇雅山と対戦し見事勝利。初優勝を飾った。

貴闘力はこの初優勝までに三役を25場所経験。金星も9個獲得しており年齢や持病による衰えが見え始めていた頃ではあったが、所属していた当時の二子山部屋の圧倒的な稽古量と質に裏打ちされた地力と闘志があり、幕尻優勝でも今回ほどの”奇跡“とは言われなかった。

審判部にあった迷い

今回の徳勝龍の優勝は、幕内最高優勝の価値を下げるものではないか。千秋楽の結びの一番に、通常ではあり得ない出場力士の最高位である大関と幕尻をあてたことは異例中の異例で審判部の英断とも言われているが、そもそもその前になぜ三役力士をあてないのか。初日に十両筆頭との取組が組まれていた力士に、後半戦で三役力士をあてることは勇気がいるが、それにしても1敗を守っていた13日目まで前頭10枚目前後の力士とばかりあてるのはいかがなものか。14日目にようやく優勝争いをしている前頭4枚目の正代をあてたが、遅いという印象は免れない。

これは審判部が徳勝龍を甘く見ていたのだろう。今までの実績、今場所の成績、年齢からみてもそろそろ負けるだろうと思いながら、あれよあれよと13日目まで来てしまったということは容易に想像できる。せめて10日目からは三役をあてるなどして、幕内最高優勝の価値を高めるべきだった。大相撲は合理的に強いものを選ぶことができる対戦システムを持っているのにも関わらず、今回は予断が大きく影響し機能しなかったことはもったいない。

相撲の独特な対戦方式

大相撲の対戦は1場所15日間、1日1回で合計15回。優勝決定戦にならない限り、同部屋力士との対戦や1度あたった力士との対戦はない。
慣例として横綱は初日に小結と、千秋楽は同地位の東西力士が対戦するが、基本的には同程度の力量を持つ力士同士が対戦し、中盤から後半にかけて同程度の勝敗数の力士が対戦することが多い。

これは1800年代後半にスイスで開催されたチェスの大会で、同程度の実力を持つ者同士が複数回対戦し、勝利ポイント数で勝者を決定。しかし同じ相手とは2度と対戦しないというルールを定めた「スイスドロー」と呼ばれる対戦システムにかなり近い。大相撲の対戦システムは実は合理的な世界基準であった。

同程度の力量は番付で、場所による調子の波や怪我などによる好不調は勝利数で、力士OBである親方衆で構成される審判部が、本場所初日の2日前に初日、2日目の取組を、その後は前日に取組を決定している。

これからの大相撲

両横綱の気力、体力が明らかに下降傾向にあり、これからも休場する場所が増えるだろう。両横綱を倒し優勝したいという意識を感じさせる力士は、稽古量や取組の創意工夫から見る限り数えるほどしかいない現状では、消極的ではあるが横綱不在場所で優勝するしかない。

このような優勝では幕内最高優勝の価値は下がってしまう。加えて幕尻優勝を出してしまうような審判部の取組編成ではさらに価値の低下が懸念される。
強いものが優勝する本来の魅力ある大相撲のために、力士や親方の意識改革だけではなく、審判部の大胆な取組編成も必要だ。


VictorySportsNews編集部