世界水準の規模や設備を擁し、最先端の情報通信技術を活用。スポーツやコンサートなどさまざまなシーンで人々を魅了しそうな屋内施設が誕生した。開業イベントは7月13日初日の大相撲名古屋場所。日本の国技でベールを脱ぐ新アリーナとそれを取り巻く街のダイナミズムは、〝脱名古屋飛ばし〟の起爆剤としても期待される。現地の状況などから将来性を探った。

新時代の伝統と升席50パターン

 「動線的にここを医務室にした方がいいのでは」「この辺に売店を構えたらどうかな」―。2月中旬、日本相撲協会の出羽海名古屋場所担当部長(元幕内小城ノ花)ら担当の親方衆や協会スタッフがIGアリーナの視察に訪れた。隈なく建物内をチェックし、業者らと綿密に打ち合わせ。その回を含め、何度も下見を重ねてきた。メインアリーナはかなり広く、席から土俵までの距離感の関係で、中心部から少しずらして土俵を設置する方針。世界基準のホスピタリティー施設を生かしてラウンジ付きいす席の販売など、これまでの本場所とはひと味違った雰囲気が漂うことになる。

 VIPルームが40室もあるIGアリーナ。最大収容人数は1万7千人で、名古屋場所開催時の総席数は約7800。4人用が主体の升席を少し減らしていす席を増やした。相撲協会によると、いす席でも土俵からの距離は従来の升B席やC席と同等という。出羽海部長は「升席で4人がなかなかそろわないという声が多かったり、いす席を求める意見が増えたりしていた。いすも座り心地が良くなった。オープニングイベントをやらせていただきありがたい。しっかり伝統を継承しながら、新しい時代も来る感じ」と感謝を交えて話した。

 目玉の一つが、本場所の4会場で一番広くなる升席。昨年の名古屋場所までより縦横とも約18cmずつ長くなって140cm四方となり、1・3倍の面積に広がる。関係者によると、升席のリニューアルに当たり、50パターンもの案を出して数年前から協議してきた。2月下旬に愛知県内で開かれたPRイベントでは幕内の阿炎、若元春らが4人で座るパフォーマンス。阿炎が「めっちゃいい。お客さんとして見てみたい」と冗談めかせば、観戦経験がある江南市の小学生、山下夏希さんは「座布団の間隔が大きくなった。広くていい感じです」と実感を込めた。角界内外の関係者たちの努力が来場者の喜ばしい観戦体験の支えになる。

存在感放つ会社と大物アーティスト

 IGアリーナが抜本的な変化をもたらすポテンシャルを秘めているのは、スポーツとともにエンターテインメントの面でもビッグイベントを誘致する能力を備えているからだ。構造上の特徴の一つが、国内のアリーナとしては破格の30mもある天井の高さ。ワールドクラスといえ、より自由な演出が可能になり、グローバルツアーを展開するような海外の大物アーティストたちのパフォーマンスにも対応できる。

 ソフト面も見逃せない。注目されるのが、運営に参画する企業グループに世界トップクラスのスポーツ・エンターテインメント会社、米アンシュッツ・エンターテインメント・グループ(AEG)が名を連ねている点だ。米プロバスケットボールNBAのロサンゼルス・レーカーズの本拠地クリプト・ドットコム・アリーナやラスベガスでボクシングのビッグマッチが行われるTモバイル・アリーナなど、世界に名だたる多数のアリーナ運営に実績を持つ。また音楽部門では人気歌手のテイラー・スウィフトやエド・シーランのツアーに携わるなど、大物のプロモートに定評がある。かつてはマイケル・ジャクソンやマドンナのツアーの「名古屋飛ばし」が取りざたされたことがあったが、打って変わって有名アーティストを積極的に名古屋へ招く効果も考えられる。

 建物の命名権もグローバルな水準を表している。英国に本社を構えて金融サービスを展開する「IGグループ」が権利を取得。契約は10年と長期で、金額はアジア最大規模とされる。命名権の契約について、次のように推察するIGアリーナ関係者もいる。「大相撲があることも英国の会社にとっては魅力的に映ったのかもしれない」。相撲協会は今年10月、20年ぶりの海外公演をロンドンで開催し、来年にはパリで実施する。国技の有する海外への抜群の訴求力が「IGアリーナ」のネーミングに一役買ったとしたら、オープニングイベントが名古屋場所というのも不思議な巡り合わせだ。ちなみにボクシングの世界スーパーバンタム級4団体統一王者、井上尚弥(大橋)が9月にIGアリーナで試合をするとのうわさが海外メディアなどで表出しており、こちらも大きな関心が集まる。

共鳴するコンセプト

 名古屋は昨今、街全体として生まれ変わりつつある。外資系をはじめ、新しいホテルが次々に誕生。繁華街の栄地区では地上41階建ての複合ビル「ザ・ランドマーク名古屋栄」が建設されており、米ヒルトンの高級ホテル「コンラッド名古屋」が入る。3月下旬には名鉄名古屋駅一帯の大規模再開発の概要が発表され、ホテルなどが入居する高さ約170mのビル建設が明らかになった。来訪者の受け入れ態勢拡張は、「名古屋飛ばし」解消に向けても大切な要素だ。

 併せて、大相撲名古屋場所の街としての機運醸成がある。例えば、名古屋駅からほど近くに2016年にオープンした「ストリングスホテル名古屋」。チャペルや各種レストランなどをそろえたラグジュアリーホテルは、2年前から相撲協会のオフィシャルホテルに参画し、場所に合わせて大相撲のデコレーションルームを売り出している。昨年はともに人気の宇良、熱海富士に特化した部屋を販売。写真がプリントされたのれんをはじめ、力士にちなんだインテリアに装飾され、ミニ鏡開きを体験できるなどファン垂涎の内容だった。好評を得て今年も大相撲企画を計画し、準備を進めている。名古屋場所観戦チケット付きの宿泊プランも強化。ホテルの担当者は「大相撲関連のお問い合わせを早々にいただいており、4月に入って増えています。今年は特にIGアリーナでの〝こけら落とし〟需要がありそうです」と語った。

 IGアリーナはスポーツやエンターテインメントを核とした地域振興も掲げる。くしくも角界の姿勢と共鳴し、波及効果が待望される。相撲協会はグローバル、デジタルと並んでローカルというコンセプトを重視。本場所を行う各地の商店街との交流などで盛り上げを図っている。関係者によると、名古屋場所の際には北陸地方にまで職員が挨拶に回る熱の入れようだ。協会関係者は「相撲は各地域で愛されてきた歴史がある。各地の活性化のお手伝いをしながら共存していければ最高」と意義を説いた。

 近年続く大相撲人気。5月の夏場所では大関大の里が綱とりに挑み、結果次第では名古屋場所で豊昇龍とともに久しぶりに東西の横綱がそろう可能性もある。「名古屋飛ばし」脱出へ、IGアリーナと大相撲が織りなす新たな潮流が楽しみだ。


高村収

1973年生まれ、山口県出身。1996年から共同通信のスポーツ記者として、大相撲やゴルフ、五輪競技などを中心に取材。2015年にデスクとなり、より幅広くスポーツ報道に従事