■新型コロナウイルス以前の問題?

もう、昔のことになってはいないか。ラグビーの日本代表は、昨秋のワールドカップ日本大会で初の8強入り。出場選手は年末年始のテレビ番組に引っ張りだことなるなど、空前のブームが巻き起こった。

1月12日開幕の国内トップリーグでは、「当日券あり」という報せが周知しきれないなどの課題を抱えながらも人気選手の出た試合は多くのファンを集めた。リーグ関係者は「我々も完売という言葉は使わないようにしています」と説明する。

「『現時点で在庫なし』の状態を精査した結果、試合当日になるとチケットの在庫が出てくることがある。お客様に『完売』と思い込ませない工夫が必要だと思っています」

最近では新型コロナウイルスの感染拡大防止の観点での第7、8節の延期(2月29日、3月1、7、8日)、リーグ側が打ち出した薬物関連の事件が原因となった「コンプライアンス教育の徹底に伴う開催休止」など時に受動的、時に能動的に足踏みをしているが、それらがなかったとしても問題は生じていた。人気上昇に伴い増加したファンのマナーについてだ。

■恥ずかしいからやめて

「サインが転売されるのも一流の証でしょ」

ある日本代表選手がごくごくプライベートの場で漏らしたこの一言には、諦観の念がこもっていたような。

折からのブームに伴い、一部クラブの練習場にはおびただしい数の見学希望者が殺到。なかには選手名鑑にサインを求めながら「あなたは(名鑑の中の)誰ですか?」と問うなど、控えめに言ってもユニークとしか言いようのないコミュニケーションを取る一般客もいたようだ。

かつて強豪のパナソニックでプレーしていたある元選手は、自身の物品が別な有名プレーヤーの私物としてネットオークションに出されていることをSNS上で公表した。

ワールドカップで5トライを決めた松島幸太朗を擁するサントリーでは、駐車場で選手を待ち伏せるファンが増えたことで事故のリスクが増えた。

従来は自由としていたクラブハウスへの出入りは今年に入り禁止としたが、それが厳守されないケースもあった。ガラス張りのウェイトトレーニングルームをまじまじとのぞきこむ人々も後を絶たず、「これはいくら何でも…」と選手側もチームスタッフにこぼしたようだ。

祝日だった2月11日には、動き出した選手の車を追いかけプレゼントを渡そうとするファンもいた様子だ。その一部は、グラウンドで主力選手が練習を終えないうちに外国産車両の陰に回っていたという。

チームが運営する「サンゴリアス君」の公式ツイッターは2月、見学者専用の通用門を作り、見学エリアを限られた区画に定めることを発表。「度重なるルール違反、マナー違反が今後も続く場合は、トレーニングを非公開とさせていただきます」と、やや強い口調で注意喚起した。

クラブの関係者は「こちらもファンの方を見るためにそこまで人員を割けるわけではありません」とし、苦渋の決断に至った背景を語る。

「何度も駐車場で選手を待たないよう伝えていたが、一瞬どいただけですぐに元に戻るんです。ルールを守らない方が1人いると、その空気が周りの大人しくされている方にも連鎖することもある。そういう方はごく一部なのですが、車と車の間に隠れている方もいて、女性のカバンなどが当たって車体が傷つくなどの実害も出るかもしれない。何より、そうした方を選手が知らずにひいてしまったら、その選手が加害者になります」

さらに続く証言によれば、こんなこともあったようだ。

地方から都内の練習場へ訪れた親子連れのファンが、子どもに有名選手を会わせたいからとスタッフに哀願。その日はすでに選手たちは練習を引き上げており、スタッフは「その対応をしたら全ての方のリクエストにお応えしなくてはいけなくなる」と陳謝した。それでも食い下がる親に対し、子は言った。

「お母さん、恥ずかしいからやめて」

■歓迎されぬ「有名税」。現場の声は

遡って2015年、ワールドカップイングランド大会でも日本代表は南アフリカ代表などから歴史的3勝。当時主力だった五郎丸歩を軸に選手数名の知名度が急上昇し、強豪クラブのグラウンドでは「●●さーん、こっち向いて!」とトレーニング中の選手に声をかけるファンが目についたものだ。

日本大会まで3大会連続でワールドカップに出場した堀江翔太の2018年時点での見解は、穏やかではあるが実相を鋭く突いていた。

「人気がないことも知っているのでね。そら、失礼なファンの方もいますけど、その方も含めてファンなので」

日本大会の直後に起きていることも、実質的には4年前のそれとは変わらない。違いは、ブームの着火剤となった選手の数が増えていることくらいだろう。歓迎されぬ「有名税」の発生について、現場の選手たちはどう思っているのだろうか。

「ラグビー選手が何でもしてくれるみたいな雰囲気になりつつもあると思うんです。もちろん、サインも、握手もさせてもらうんですけど、そこにはマナー、モラルは存在する。そこを適当にしちゃうと、僕たちラグビー選手の価値も下がってくる。いまはお金、危険性といった別なところに問題が起きている。もったいないな、とは思います」

こう語るのは布巻峻介。パナソニックに所属する27歳で、日本大会の登録メンバー争いに最後まで絡んだフランカーだ。

今季はサンウルブズというプロクラブに身を置き、トップリーグと日程の重なるスーパーラグビーに挑戦中。バブルにも似た状況の変化を、当事者意識を持って捉えている。

奇しくも布巻がこう語る前、サントリーの関係者は「なかには、駐車場などで待ち伏せするファンについ対応してしまう選手もいる。彼らにはこちらから『ルールを理由に断ってもいい』と伝える必要があるかもしれない」と話していた。選手側にとっては、他人同士が触れ合う際の毅然とした態度を見つめ直すタイミングなのかもしれない。布巻はこうも念を押していた。

「対策をしないといけないくらいの人気になったことは本当に嬉しいことです。僕らもいいプレーをしてファンを喜ばせたいし、応援してくれた方にはちゃんと返したい」

布巻と同級生で日本大会に出場したスクラムハーフの流大も、「チームにもルールがあって、それに沿ってやってもらいたいとは思います」と話す。

普段はサントリーでプレーする流は、ワールドカップの最中から休憩時間中の外出をするのにもひと苦労だったようだ。ラグビーに興味を持ってくれる人が増えたのは嬉しいとしながら、こう持論を述べた。

「ファン同士のトラブル、安全面という部分で(問題があるので)お互いが気持ちよく、安全に過ごせるようにしていくことが大事。ただ、グラウンドに来ていただけることは嬉しく思っています。僕らも、全てが可能なわけではないですけど、可能な限りファンサービスがしたい。練習でエキサイティングなプレーを見せることに加えて、せっかくホームグラウンドに来てくれたファンと触れ合えたらいいなとも思っています」

■注目を切り捨てるではなく

現在はすべてのクラブが、練習見学を止めている。理由は新型コロナウイルス感染拡大防止のためか、もともと見学を許可していないかのいずれかに大別される。

かような措置が下る前、前出のサントリーの関係者はこうも話していた。

「見学中止と言ってしまうのは楽ではありますが、我々が何のためにラグビーをしているかと言えば勝つこと以外に何かを伝えたいから。いま、せっかく多くの方から注目されているなか、それらを切り捨てるのは本末転倒です。ですので、可能な限りの接点は持ちたいと考えています。そう思うなか、今回はギリギリのラインを設けたのです」

未知のウイルス等々の諸問題が何らかの形で収束した際、選手とファンの間との関係性はどんな形になっているだろうか。

向風見也

著者プロフィール 向風見也

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年にスポーツライターとなり主にラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「Yahoo! news」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。