▽愚かではない

 森氏は新型コロナウイルスの感染が広がってきて、大会開催への懸念が出てきても「中止や延期は検討されていないことを改めてはっきり申し上げたい」などと繰り返してきた。背景には国際オリンピック委員会(IOC)の意向があり、組織委として対応策のイニシアチブを発揮できなかった。各国のオリンピック委員会や選手たちから通常開催に対しての異論が強まる中、3月24日、IOCのバッハ会長と安倍晋三首相との電話会談によって五輪初の延期で合意に至った。その直前、森氏は手のひらを返したように「最初の通りにやるんだと言うほどわれわれは愚かではない」と話した。これまでの流れを棚に上げて「愚か」の単語を用いたのは上から目線に映り、同調の仕方に個性が表出していた。

 その過程でも苦しい対応を余儀なくされた。組織委員会理事の高橋治之氏が3月前半に、大会延期の検討を同月末の組織委理事会で提起する考えを示した。今となっては極めて先見の明のあるアイデアだが、森氏は火消しに躍起となり「とんでもないことをおっしゃった」などとぶちまけた。それから約2週間後、実際に1年延期が決まったのだから何とも皮肉なものだ。

 2月下旬に開かれた五輪・パラリンピックの公式スポーツウエア発表会での一部報道も物議を醸した。森氏がマスクを着用する報道陣らを見渡し「私はマスクをしないで最後まで頑張ろうと思っている」と口にしたというのだ。新型コロナウイルスは感染しても症状が出ない潜伏期間がある。万が一、自身では気付かないうちに感染していた場合、マスクをしていないとそこら中にウイルスをまき散らすことになる。感染予防において「せきエチケット」の重要性は早くから指摘されていた中で、真っ向から逆らう言葉。精神論で乗り越えられるとでもいわんばかりのニュアンスが伝わってきた。

▽安易すぎ

 川淵氏からも看過できないコメントが飛び出した。2月中旬、大会組織委員会とIOCなどの事務折衝の際に、「ウイルスは湿気や暑さに弱いと聞いていて、日本には梅雨というウイルスをやっつける最高の季節がある」と強気に言い放った。日本国内にはもちろん、海外にもメディアを通じて広まることになった。本当に予想どおりになるのかは、実際に梅雨が来てみないと判明しないが、信憑性はどうか。権威ある米科学アカデミーは4月上旬にホワイトハウスに提出した報告書で、夏の気候に相当するオーストラリアなどでも感染が急拡大しており、気温などが高まれば感染者が減ることを前提にするべきでないと断じている。また、川淵氏の発言には梅雨までの数カ月間において、感染拡大で危機的状況を招く可能性があることへの想像力が乏しい。昨今、国内外ともにウイルスが猛威を振るっている現状を見れば、この言葉への違和感が増大する。

 さらに、感染防止のために、各種スポーツイベントなどの延期や中止が相次いだことには次のように考えを披露した。2月20日、「感染を防ぐために人との接触をできるだけ避ける。そのためにイベントの開催は中止する…という考え方はもっともだけど安易すぎない? 満員の通勤電車をどう考えるの? 生活のために自己責任で通勤するのでは?」とツイートした。各競技団体にとって中止はしたくてしているものではない。収まりの見通しのつかない状況を鑑みて、まさに苦渋の決断を下したものである。また、満員電車で通勤する人たちの中には、会社に行きたくなくても出社せざるを得ない人も少なからずいる。個人の意見と言われればそれまでだが、日本トップリーグ連携機構会長など社会的に立場のある人が、苦境の中で競技団体やサラリーマンたちが必死に生存しようとする行動を「安易すぎ」と表現しようとすることには疑問が残った。

▽リーダーとして

 これまでにない事態と言われる新型コロナウイルス禍。そんな国難において、森氏と川淵氏からは前近代的な姿勢が漂っている。ともに戦前に生まれ、高度経済成長を遂げて日本が堂々と先進国にのし上がった時代を生きてきた人たちだ。森氏は政治家として内閣総理大臣に上り詰めた。川淵氏は言わずと知れたサッカーJリーグの生みの親で、近年では内部が混乱していた男子バスケットボール界を立て直し、Bリーグ発足の原動力になった。ともに秀でた実績を持っているだけに、一連の言動は余計に残念でもある。

 プロ野球の名選手で、監督としてもヤクルトを何度も日本一に導くなど多大な功績を残した故野村克也氏は組織論として次のような言葉を残している。「組織はリーダーの力量以上には伸びない」。東京五輪・パラリンピックでは日本は地球上のあらゆる地域から人々を迎える立場となる。フィンランドでは昨年12月に34歳の女性首相が誕生した時代。日本国内のリーダー的立場の面々が世界の潮流に付いていけないようであれば、五輪・パラリンピックにおける世界的信用はもちろん、そこに至る国内の機運づくりに関してもマイナスの作用を引き起こす怖れがある。


VictorySportsNews編集部