スポーツの競技・種目の多くは明治以降、イギリスを中心に欧米からもたらされた。「野球」のように日本語に置き換えられ、すっかり定着した名称や表現も数多くある。一方、ゴルフのように名称はもとより、用具やルールにも本来の表記や呼び名を残している競技も多い。いつもは無意識に使っている「スポーツ用語」を点検すると新しい発見にきっと出会える。

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昨年は、ラグビー日本代表チームの躍進に国中が沸き返った。ラグビーのルールは複雑で、多くの人にとってなじみが薄く、おまけに英語の意味がわかりにくい。コンバージョンやノックオン、モール程度を憶えるので精いっぱいのにわかファンも多かったろう。カタカナ表記ばかりの中で、外国人との会話で注意したほうがよい「ラグビー用語」がこれだ。

ラガーマン

ラグビーの面白さは何と言っても選手一人ひとりの華麗な、あるいはパワフルなパフォーマンスだ。男らしい彼らをラガーマンと呼ぶ。日本では皆そう呼んでいる。

ラガー(Rugger)はラグビーの俗称だ。まれにラグビー選手を意味する場合もある。イギリスで19世紀末頃に使われ始めたらしいが、現在はあまり使われない。選手のことは、ラグビープレーヤーというのがごく一般的だ。ラガーマンという言い方はまず聞かない(大昔はRugger Buggerとも呼んだらしい)。

ラガーシャツというウェアもある。しかし、ニュージーランドなどラグビーの本場ではラグビージャージーあるいはラグビーシャーツと呼ばれる。
ラガーは、玄人っぽい表現でラグビー独特の世界観を表そうとした日本の愛好家によって広められたのではないだろうか。ラガープレーヤーではしっくりこないのでラガーマンという表現をひねり出したのかもしれない。

ノーサイド

ラグビーの魅力に潔さ、規律、献身などがある。いずれも日本人が重きを置いてきた規範に沿うものだ。ラグビーの潔さを表す際に必ず取り上げられるのがノーサイド(No side)あるいはノーサイドの精神だ。ノーサイドはラグビーの試合終了を意味する古い言い回しで、現在はフルタイム(Full time)という。カタカナのノーサイドには、試合が終われば敵味方なく称えあうのがラグビーの精神だ、というニュアンスが込められている。試合終了をわざわざノーサイドというのは日本だけだが、そこには「ラグビー道」があることを信じたい日本人の美意識が影響していそうだ。

ついでに「one for all, all for one」について。日本語の「一人は皆のため、皆は一人のために」という注釈がつき、外来の標語として扱われるが、実に簡単な英語なので誰でも分かる。このフレーズはノーサイド以上に日本人のラグビーに対するシンパシーを掻き立てる名文だ。原文はドイツ語。ドイツの保険分野の学者の言葉で、その直訳の英語とされる。『三銃士』のセリフなどそのほかにも説があるが、もともと英語ではない表現のようだ。

高校ラグビー界で無名の弱小チームだった伏見工業高校が、ある一人の教師が赴任してから数年で全国優勝を果たすまでの軌跡を描いた『落ちこぼれ軍団の奇跡』のテレビドラマ化作品『スクール☆ウォーズ』(1984~85年)で、教師役をつとめた山下真司の名セリフとして当時の若者に浸透した。その結果、ラグビーの本場イギリスなどでもチームプレーのモットーとして語り継がれている、と思い込んでいる人が多い。

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古代オリンピックの陸上競技は1スタディオンの直線で行われていたという。1スタディオンは約180mで、スタディオンはスタジアムの語源だ。元来は他のスポーツの用語であるにもかかわらず、陸上競技に定着してしまったことばがある。要注意の「陸上用語」がこれだ。

ゴールイン

ゴール、ゴールライン、ゴールテープ、ゴールイン。ゴールはスポーツで頻繁に使われる用語であるだけでなく、日常でも比喩的にも使用される。「人生のゴール」「二人はめでたくゴールイン」などだ。

まずゴールインだが、これは明らかな和製英語。「イン」はとにかく不要だ。結婚を意味するのは、レース中の困難を克服して終着点に到達したというイメージを婚姻のプロセスに重ねたからで、多分にマラソンなどの長距離走が思い起こされる。ところが、マラソンに限らず中距離であれ、短距離であれ、競走の決着はゴールとは言わないのだ!では英語では何と表現するかというと、フィニッシュ(Finish)と言う。従ってフィニッシュライン、フィニッシュラインテープが正しい。

ではゴールはどの様な状況で使われるのか。ゴールといえばサッカーだろう。ボールを持ち込んで点を取るということだ。ゴールキーパー、ゴールポスト、ゴールライン、ゴールキック。日本語と英語の用語は一致している。外国人との会話も問題ない、ただし「キーパー」はいただけない。単なるキーパー(Keeper) は一般にグラウンドキーパーなど動植物のお世話をする人を指すので、話がかみ合わなくなる。

なおサッカー以外でも、ラグビー、ホッケー、ハンドボール、水球、アイスホッケーなどでもゴールは正解だ。

フライング

「それはフライングじゃないか?」などビジネスの世界でも多用されるフライングという単語。正式な合図を待たずに何かに取りかかってしまった人を注意したり、いさめたりするときに使われてきた。さらに若者中心にはやったのが「フライングゲット」。何かを手に入れる際に気軽に表現する「ゲットする」とフライングが結びついて、商品やゲームソフトを発売日前に入手する行為を指す。

多くの人は100mなどの陸上短距離走でスターターのピストルによる合図より早くコースに飛び出したり、スターティングブロックから足が浮いてしまう違反行為をフライングとして理解しているだろう。世界陸連は、2010年に違反行為1回で即退場とルールを改正した。その翌年に韓国の大邱で行われた世界陸上で、ウサイン・ボルト選手が一発退場になり会場は驚きと失望に包まれた。このような不正スタートをフライングと呼んでいるのは日本だけである。

フライングスタート(Flying start)はヨット競技の用語でありスタートの方式だ。ヨットレースが行われるのは海であり、ブイを廻るなどのコース設定はあるがスタートラインを水面に引くことは不可能だ。各艇は静止せずにセイルで風を巧みにコントロールしながらスタートの合図を待つ。その時、水面上の目には見えないバーチャルなスタートラインを超えないように艇を操るのだが、うっかり超えてしまうこともある。これがフライング(スタート)違反なのだ。

陸上競技の不正スタートは、英語ではFalse start(フォールススタート)。これが正しい用語だ。

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スポーツ用語はその多くが日本語として定着し、私たちの日々のコミュニケーションにも一役かっている。「イエローカード」「セーフ・アウト」など使い勝手がいい。だが残念なことに和製英語ももの凄く多い。日本語の会話、英語など外国語のコミュニケーションと上手に使い分ける機転を身に着けたい、

今回は、昨年2019年にワールドカップと世界選手権が行われたラグビーと陸上競技を取り上げてみた。次はオリンピックにフォーカスしよう。


海老塚 修

桜美林大学客員教授。専門はスポーツマーケティング。1974年慶應義塾大学卒業後電通入社。ワールドカップ、世界陸上、アジア大会などを担当。2010年より慶應義塾大学健康マネジメント研究科教授。現在日本BS 放送番組審議委員、余暇ツーリズム学会副会長などを務める。著書に『マーケティング視点のスポーツ戦略』、『スポーツマーケティングの世紀』、『バリュースポーツ』。日本ランニング協会認定ランニングアドバイザー。