一般社団法人ジャパンエスアール(JSRA)が2020年6月2日にオンライン会見を開いたのは、JSRAが運営するサンウルブズが残されたシーズンを戦えなくなったからだ。

 画面に映るのはJSRAの渡瀬裕司CEO。金融畑でキャリアを積んできた元慶大ラグビー部監督は、「支えてくれたスポンサーの皆様には申し訳ない気持ちです。何より選手、スタッフは無念だと思います」と謝意を示す。

 別画面に映った大久保直弥ヘッドコーチは、「率直に言って、こういう終わり方になったことは残念です」。かつて法大でこの競技と出会って日本代表入りしたプロコーチは、誠実に言葉を選んだ。

「…ただ、この2か月、もう一度プレーできるように渡瀬さんをはじめ多くの方が現場、選手のために一生懸命、交渉を粘り強く続けている姿を横で見させていただいていましたので、本当に、納得しています」

■コロナ禍における激動の日々

 サンウルブズは2016年よりスーパーラグビーに加わる多国籍軍で、日本代表とも選手や戦術を共有するなどして強化に付与。ワールドカップ日本大会での8強入りを支えていた。

 しかし今季は新型コロナウイルスの感染拡大のため、3月14日にシーズン中断を知らされた。それまでの間も、日本でのウイルス流行のため予定されていたホームゲームはできなくなっていた。

 以後は5チームを輩出するニュージーランド、4チームを輩出するオーストラリアが国内リーグの実施に動いた。もともとオーストラリアカンファレンスに加盟していたサンウルブズは、そのオーストラリア側のリーグへ過去にスーパーラグビーを離れたチームなどと一緒に加わるよう、アプローチを図ってきた。もし参戦が叶う場合の移動費や宿泊費を、リーグ統括団体のSANZAARにどこまでカバーしてもらえるかについても話を持ち掛けた。

 サンウルブズには、現時点で国境を閉鎖している南アフリカ出身の選手も在籍する。そのためこの時期には、当該選手の抜けた穴を日本人選手で補填するための動きもなくはなかった。

 現地入り後のホームタウンは、もともと代替ホームゲームを実施したクイーンズランド州が想定されていた。ところが時間を重ねるごとに、JSRAは先方の警戒心を勘案してニューサウスウェールズ州に切り替えた。

 一時はメディアを通じて交渉経過が発信されたが、5月下旬の時点で申し込まれた取材にJSRAは「チームを取り巻く状況が変化しており非常にセンシティブな時期に入っております」「状況がクリアになるまではお受けするのを控えさせて頂きたく存じます」と文書で返答している。大久保が語った「交渉を粘り強く続けている姿」の、これが背景だったのだろう。

■苦境に立たされる時はいつもラグビーと違う理由だった

 最終的にサンウルブズが渡豪を断念したのは、オーストラリア政府の判断が厳しいものだったからだ。

 渡瀬CEOはまず、「オーストラリア政府からサンウルブズの選手、スタッフのオーストラリア国内への入国許可が最終的には取れていない。仮に入国が許されたとしても入国後ただちに14日間は隔離される」と事情を説明。このように続けた。

「そして、その隔離に指定されたホテルがあれば、そのホテルの個室からは出られない。いまから準備して入国できたとしても、2週間の隔離を経てトレーニングを開始できるのは6月20日過ぎで、そうなると7月上旬(3、4日)の開幕には間に合わない。我々からは隔離の間もトレーニングができるようにして欲しいという要望を出していましたが、その通りにはいかなかった。…以上を勘案し、サンウルブズが参戦するのは現実的ではないという結論に至りました」

 渡瀬CEOがオーストラリア協会を通じて政府見解を告げられたのは日本時間で5月27日と見られる。そしてこの報せが選手に伝わったのは続く30日の土曜だった。

■存続への鍵は?

 サンウルブズがスーパーラグビーへ参戦できるのは、当初の予定では今季限り。その背景には、除名の決まる2019年3月までの日本協会の消極的姿勢が指摘されている。この頃、日本協会からJSRAへの十分な財務保障があったかどうかが注目点となっていた。

 その意味では、2度にわたってラグビーと無関係な理由で存続の危機に立たされたと言えるサンウルブズ。今後どのような形で継続されるかについて、渡瀬CEOは「決まっていません」と強調する。

 ただし日本協会とJSRAの関係は、スーパーラグビーからのサンウルブズ脱退が決まった頃とは異なっている。

 そして日本協会の理事でもある渡瀬は「もともとは2019年のワールドカップで日本代表が勝つための器としてこのチームが生まれ、スーパーラグビーに参戦してきました。その役目は十分に果たしたと思います」としながら、独自の応援文化を築き上げたファンの存在は無視できないと認識する。

 選手個々の能力を引き上げるインパクトについては、ワールドカップの歴史に証明してもらっている。

 そのためサンウルブズを残すよう話が進む可能性も低くはなさそうだが、検討課題はある。そのひとつが参加リーグの有無であり、そのまたひとつがJSRAの財務状況である。

 参加リーグについては「特定のリーグに行かせるんだと言われますが、その特定のリーグがあるわけではない」と渡瀬。新型コロナウイルスの影響を受け、国をまたいでおこなわれるスーパーラグビーの存在、運営方式などが抜本的に見直されそうだ。

 例えば、「ニュージーランド、オーストラリアの国内リーグ、その上位チームによるプレーオフを開催」という具体案のひとつをリサーチし、この「プレーオフ」にサンウルブズ(もしくは日本代表に相当するチーム)を参戦させられないかと考える国内関係者もいる。

 今後できる国際競争の枠組みへ、サンウルブズが加われるか。そもそも、その枠組みができる前の話し合いに日本ラグビー界が絡めるか…。国内関係者が歩みをひとつにした状態での、適切な意思決定も求められる。渡瀬はこう言う。

「1年前とは明らかに世の中も、世界のラグビーも変わっていく。その動きを注視し、サンウルブズという器をどう活用していくかをしっかりと決めていかなくてはいけない。以前はある種、私も意地になってスーパーラグビーに残るんだと思っていましたが、こういう状況だとなかなか国をまたいで戦うのも難しい。それも含め、考えなきゃいけないと理解しています」

「今年のことも、オーストラリア国内で正式にやるという発表は出ていないと思います。それ(正式決定)を踏まえ、次の年どうするかの議論になると思います。ここまで(スーパーラグビーを運営するSANZAAR)と連携を取っていただいているので、次の議論に入る際には何らかの情報は入ってくるかもしれませんし、何か一緒に考えようよと言ってきてくれるかもしれません。こちらとしてもうまく連携を取っていけたらと思っています」

 財務状況に大きな影響を与えたのは、今季の国内試合がいくつも飛んだこと。さらにワールドカップイヤーにさかのぼれば、サンウルブズとウルフパック(サンウルブズとは別個に作られた日本代表候補群)との選手の入れ替えなどにかかる費用も、JSRAが一括で請け負う形を取っていた。

 ここで浮上しそうなのが、日本協会などJSRAと異なる団体がサンウルブズを運営する可能性。今季は選手やスタッフの給与カットも断行したという渡瀬は、言外に様々な選択肢を匂わせた。

「JSRAの株主に相当する部分に日本協会が入っていて、JSRAは日本協会から業務委託を受ける形でスーパーラグビー事業に関わっている。株主が判断、議決に加わるのは当然だと思います。これまでJSRAという器を作ってやって来たのは事実ですが、今後、海外リーグへ参戦する時に同じスキームでいいのかどうかは別の議論。日本協会がサンウルブズを運営することもありうると思います。何も決まっていないので、それも含めて議論しなくてはいけない」

 サンウルブズの通算戦績は9勝58敗1引き分け。しかし2018年からチームに携わってきた大久保ヘッドコーチが「この困難な状況のなかでこそ、国境、文化を越えて一致団結して戦っていくというサンウルブズのチームのアイデンティティは理解、評価されてもいい」と語るように、星取表に現れぬ価値があるのは確かだ。

 ポストコロナとも、ウィズコロナとも呼ばれる新時代のラグビー界にあって、「太陽狼軍」はどんな存在感を示すのだろうか。


向風見也

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年にスポーツライターとなり主にラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「Yahoo! news」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。