健康面とキック戦法

 今大会の特徴の一つは、首から上部へのタックルが厳密に反則として取られたことだ。頭同士が当たる動きや肩が相手の顔面にヒットするケースは一時退場にした上で、映像による精査を経て危険度に応じてそのまま退場に処せられた。フランスが誇る世界屈指のSH、デュポンの顔面骨折を引き起こしたナミビア選手は6試合の出場停止処分を受けた。日本がその傾向を現実的に味わったのが7月のサモアとのテストマッチ。FWリーチ・マイケルが前半30分に一発退場となった。リーチは「迷惑を掛けて申し訳ない気持ちでいっぱい。スクラムの対応とかはレフェリーに合わせないといけない。チームにとってはいい経験になった」と語った。W杯でも大きな影響を及ぼすことを察知し、適応の必要性を説いた。

 これはアスリートの健康を大切にする潮流に乗っている。例えば英国ではサッカーでヘディング練習を制限する動きが近年目立つ。英グラスゴー大の研究によると、元プロサッカー選手はアルツハイマー病など神経変性疾患による死亡率が一般人の約3・5倍だった。議論勃興の一因となったのがイングランドの往年の名選手、ボビー・チャールトンさんの存在。認知症になり、現役時代のヘディングに焦点が当たった。くしくもチャールトンさんは10月21日に亡くなった。競技の普及面を鑑みても、ラグビー界の流れも続きそうだ。

 フィールドではキックをこれまでより多用する戦法が目立った。自陣からしつこくつなぐよりも前に蹴り、ボール獲得を意図する方が効率的にトライを狙える面がある。日本と同じ1次リーグD組では対策として、イングランドは身長196センチで22歳のFBスチュワード、アルゼンチンは身長191センチで28歳のWTBボフェリがパントをキャッチしたり相手と競り合ったりする姿が光った。大舞台では、戦術のお披露目会の様相を呈している。

ノーマルな状態で高い注目

 前回の2019年W杯は地元開催で、日本代表は準備周到だった。トップリーグ(現リーグワン)は前年に終わり、日本代表の活動期間は約7カ月。みっちり鍛えて初の1次リーグ突破につながった。今回はリーグワンが終了したのが5月で、準備期間は半分以下の約3カ月。いわば特別態勢ではない状況だったからこそ、日本の真価を問われた。結果は1次リーグで敗退したものの、ともにベスト4に入ったイングランド、アルゼンチンと後半途中までは互角に渡り合ったことは一定の評価はできる。

 ただ、敗れた第2戦のイングランド戦では強豪との差が象徴される場面があった。12―13で迎えた後半16分の相手のトライシーン。日本のゴール前で相手のパスは頭に当たってから前方に渡り、そのままトライにつながった。この際、日本の選手は軒並みノックオンと判断し、足が止まっていた。イングランドの中には自らの頭を指さし「頭に当たったのだからノックオンではない」といわんばかりの選手もいた。SH流大は「ちょっとスイッチオフしてしまった」と反省。〝ラグビーの母国〟にはルールを熟知した上で常にトライを狙うメンタリティーが備わっていた。歴史的なギャップは場数を踏んで埋めていくしかない。

 そんな日本代表への関心度は定着しつつある。大会組織委員会によると、9月10日に行われた日本の1次リーグ初戦、チリ戦でテレビ中継の視聴者数は、前回2019年大会の開幕戦、日本―ロシアよりも15%も増加したという。ビデオリサーチの調べによると、NHKの生中継の平均世帯視聴率は関東地区で19・7%に上った。同じくテレビのゴールデンタイムに当たった10月8日の1次リーグ最終戦、アルゼンチン戦は日本テレビ系で生中継され、平均世帯視聴率が関東地区で21・5%だった。今大会は、どのチームも最低5日の休養日を設けたことで1次リーグの期間が前回より1週間ほど延びた。盛り上がりという点について間延び感が指摘されたが視聴率では健闘したといえる。

日本の企業とリーグの行方

 ラグビーのW杯は五輪、サッカーのW杯と並んで「世界三大スポーツイベント」と称される。男子日本代表の底上げに伴い、日本でも話題を呼び、企業から熱視線が送られている。W杯期間中に統括団体のワールドラグビー(WR)から一つのリリースがあった。イングランドで開催される2025年女子W杯やWRの新しい女子15人制の世界大会の公式パートナーとして、三菱電機と複数年契約を結んだことが発表された。三菱電機側は「ラグビーは、チームワーク、献身、忍耐といった三菱電機と強く共鳴する価値観を体現するスポーツです。女子ラグビーの将来の成長と女性アスリートへのエンパワーメントに貢献できることをうれしく思います」などとコメントした。また、今回のW杯では、大会公式ビールにアサヒビールの「スーパードライ」が選ばれた。試合会場やファンゾーンで振る舞われて国際的なPRに成功。ラグビー界隈における日本企業の関与が目を引く。

 次の男子W杯は2027年オーストラリア大会。そこまで日本がどのようにレベルアップするかに注目が集まる。その際、一つの前向き材料がある。国内のリーグワンで、世界の強豪チームの一流どころがプレーする機会が増えることだ。例えばW杯決勝に残った2チームでも、南アフリカはSHデクラークやCTBクリエルは横浜に所属し、WTBコルビが東京SGに加入する。ニュージーランドではFBのB・バレットやSHスミスがトヨタ、SOモウンガやFWフリゼルがBL東京に新加入する。モウンガは「リーグワンの未来は明るく、成長は著しい。自分のできる全てをささげたいです」と意欲十分。日本選手への波及効果が期待できる。

 現代社会では、エンゼルスの大谷翔平が活躍する大リーグを含めた野球やサッカー、バスケットボールなど観戦するスポーツの多様性が広がっている。ラグビーも発展に向けて乗り遅れてはならない。次の4年に向け、歩みを止める暇はなさそうだ。


VictorySportsNews編集部