冷静なピーキング

 日本が初めて1次リーグを通過して8強入りしたのが前回。日本各地を熱狂に包み込んだ地元開催だった。そのときは社会人のトップリーグ(現リーグワン)を前年に終わらせ、代表候補合宿を2月に開始。基礎的な体づくりから技術的な習熟まで、たっぷりと時間を確保してレベルアップに成功した。大会に入るとアイルランド、スコットランドといった強敵を次々と撃破し、4戦全勝で堂々と1次リーグを突破。準々決勝では、優勝した南アフリカに屈したが、確かな一歩を記した。

 しかし今回は準備期間が短かった。リーグワンが終わったのが5月20日。その後で代表合宿に入ったため、前回の約7カ月よりも大幅に短縮されて約3カ月だった。しかも、7月から始まった実戦でも結果が思うように出なかった。ニュージーランド代表入りを狙う選手で構成する「オールブラックス・フィフティーン」に2連敗すると、サモア、フィジーにも敗れた。8月下旬にはイタリアとの大会前最後のテストマッチでも黒星だった。唯一勝ったのが7月29日のトンガ戦で、実戦を1勝5敗で終了して大会を迎えた。

 本番が始まると1次リーグ初戦の格下のチリ戦は42―12で着実に勝利。2戦目は強豪イングランドに12―34で敗れたものの、後半途中まで1点差に食い下がった。第3戦はサモアに28―22で勝った。7月の前戦ではリーチ・マイケル(BL東京)が危険なタックルで退場となった。ボールを前に落としてしまうノックオンも目立っていたが、本大会になって修正した。WTB松島幸太朗(東京SG)は7月から8月にかけての状況を引き合いに、相違点をこう説明した。「季節も違うし、僕は最初から夏とこの秋ではジャパンが違うチームになると思っていた。夏の結果は心配していなかった」。選手たちはピークを本大会に合わせることに手応えを感じていた。

有利な要素にライバルの地力

 今大会の特徴の一つに、1次リーグの期間が前回より7日ほど延びたことが挙げられる。体力の消耗の激しい競技。スタミナやけがの回復期間を設ける〝選手ファースト〟の方針がより深まり、全チームが中5日以上を確保できるように配慮した。その結果、日本に追い風が吹いた。初戦のチリ戦は9月10日でイングランド戦は中6日、第3戦のサモア戦は中10日で、最後を中9日で臨む。対するアルゼンチンは第3戦のチリ戦の後、中7日。チリ戦では主力の一部を温存したが、2日の差が日本に有利に働くのは間違いないだろう。

 ラグビー界には長年、伝統や強さに基づいた分類がある。競技発祥地のイングランドやニュージーランドなどは1番手グループの「ティア1」と呼ばれ、優遇されている面がある。それ以外のチームはW杯で厳しいスケジュールを強いられるなどしてきた。実際、日本は2015年W杯イングランド大会の1次リーグ初戦で、南アフリカから〝史上最大の番狂わせ〟と称される勝利を挙げた後、中3日でスコットランド戦が組まれていた。結局、スコットランドへの大敗も影響して1次リーグ突破はならなかった。当時とは隔世の感がある。

 ただ、日程面で恵まれても、日本よりアルゼンチンの方が地力で上回っているのは否めない。2007年大会で3位に入った実績を持つ「南米の雄」。伝統的に強力なFW陣に加え、昨年のW杯カタール大会を制したようにサッカー強国で、ラグビーの代表でも巧みなキックを大きな武器としている。2012年から毎年ニュージーランドやオーストラリア、南アフリカと争う南半球4カ国対抗に参戦。2020年に強豪ニュージーランドから初勝利を収めると、昨年には再び「オールブラックス」を倒し、世界トップクラスの力を蓄えている。マイケル・チェイカ監督は「日本は前回W杯で、われわれが届かなかった準々決勝に進んだ。今度は自分たちの番だ」と気合満点だ。

ドリンクを含めた日本への期待

 今大会は世界の中で、日本の存在感拡大を進化させる節目ともなった。まず今年5月、国際統括団体のワールドラグビー(WR)が最上位カテゴリーの「ハイパフォーマンス・ユニオン」のメンバーとして日本協会を認めた。日本は従来「ティア2」だったが仕組みを変更し、WR理事会における日本の投票権を2票から3票に増やした。強豪と試合が組みやすくなることも期待される出来事。〝一流国〟の仲間入りをして迎えた初のW杯だった。

 また、大会の公式ビールがアサヒビールの主力「アサヒスーパードライ」となった。海外ではラグビー観戦とビールはセットで楽しまれることが多く、ラグビーファンのビール消費量はサッカーファンの6倍ともいわれる。フランス各地の試合会場で来場者がたしなむアルコール飲料に日本のブランドが選ばれたのは画期的だ。

 いずれも、前回W杯日本大会の成功が背景にある。大会終了時の組織委員会の発表によると、観客動員数は170万人余りでチケット販売率は約99・3%と高い数字をマーク。WRのアラン・ギルピン最高経営責任者(CEO)は、オフィシャルビール決定時「アサヒグループは世界展開を目指す日本のブランドであり、この契約は2019年の日本大会の輝かしいレガシーをいろいろな意味で反映させるものです」との声明で日本を持ち上げた。

 グラウンド外の事象を含めた周囲の期待に応え、日本国内のラグビー熱をさらに盛り上げるためにも、準々決勝進出を是が非でも成し遂げたいところだ。SO松田力也(埼玉)のプレースキックの精度は高く、バックスのレメキ・ロマノラバ(東葛)は鋭い切れ込みを披露し、動きの良さが光っている。アルゼンチン戦の試合開始はテレビ中継のゴールデンタイムに当たる日本時間午後8時。前向きな材料とともに、日本中の注目が集まる。


VictorySportsNews編集部