戦術と準備

清水は開幕5連敗、8~9月にはクラブ史上ワーストタイの7連敗、9~10月にまたも5連敗。クラモフスキー監督時代の失点パターンで多かったのが、ゴールキックや最終ラインからパスをつないでビルドアップしようとした時だ。低い位置で横パスは回すものの、縦への出しどころが見つからず、ハイプレスやインターセプトでカット、そのまま失点する場面は何度も見られた。「繋ぐ」意識はあるものの、実際にどう繋ぐべきか分かりかねているようだった。

昨季覇者の横浜F・マリノスでアンジェ・ポステコグルー監督の右腕だったクラモフスキー監督は、清水の監督就任時、チーム全体で「ハードワーク」し「攻撃的でアグレッシブで速いサッカー」を植え付けたいと語っていた。より具体的だったのは、横浜FMと「非常に似たようなものになると思います」としていたことだ。

ポステコグルー監督の横浜FMは、両サイドバックが中央に絞りながら前線に上がる「偽サイドバック」を敷き、相手の守備が中央に寄って空いた両サイドを快速ウイングが突くというのが1つの特徴だった。両SBにはティーラトン、松原健、広瀬陸斗(現鹿島アントラーズ)ら、両WGには仲川輝人、遠藤渓太(現ウニオン・ベルリン)、エリキ、マテウス(現名古屋グランパス)といった厚い選手層を誇り、中央にも強度の高い選手をそろえたことで、監督の目指す戦術を実行してきた。

最終ラインを高く保ち、背後をGKがケアする守備組織も攻撃力を支えたが、ポステコグルー監督就任初年の18年はその副反応として大量失点に苦しんだことはよく知られている。リーグ2位タイの56得点をあげながら、同ワースト3位の56失点を喫し、最終順位は12位。従来のポジションという概念にとらわれないスタイルがハマるには時間がかかった。

翌19年に優勝まで上り詰めたのは、ポステコグルー監督の戦術が浸透したことはもちろんだが、それを体現できる新戦力をフロントが整えたことも大きい。仲川がレンタル先のアビスパ福岡から横浜FMに復帰したのは18年。広瀬、ティーラトン、エリキらが加入したのは19年。同年に仲川と共に得点王に輝いたマルコス・ジュニオール、またCFエジガル・ジュニオも19年に加わっている。

対して、その横浜FMでコーチだったクラモフスキー氏を監督に据えた今季の清水エスパルス。もし本当に横浜FMと「似たような」サッカーをするならば、そのためにフロントがどこまで準備をしてきたか。中央ラインこそDFヴァウド、FWカルリーニョス、FWティーラシンらを補強したが、カギとなるはずのサイド、特にWGについては目立った補強がなかった。

西澤健太と金子翔太が両ウイングをつとめるが、もともと縦への推進力を持ち味とするタイプではない。たとえばエウシーニョはJ有数の右SBだが、右WGの金子とのコンビはなかなか機能しなかった。左SBにはセンターバックが本職のファン・ソッコを一時期起用している。クラモフスキー監督の苦悩がうかがえると同時に、現有戦力から考えれば、同監督が考えていたようなサッカーをそのまま構築するのは容易ではなかった。

合致しなかった思惑

補強は全体としてみれば質の高いブラジル人選手などを獲得しているが、逆にもともと在籍していた選手とあわせて外国籍選手枠の「5枠」に収まらなくなった。ヴァウド、エウシーニョ、ソッコ、ヘナト・アウグスト、カルリーニョス、ジュニオール・ドゥトラ、ネト・ヴォルピと、主力級が7人。助っ人外国人をここまで擁しているのは清水とヴィッセル神戸くらいだろう。

枠数との不釣り合いとともに、鳴り物入りで獲得したコロンビアリーグ優勝経験のあるGKネト・ヴォルピが、開幕節以外リーグ戦に1試合も出場していないこともサポーターの不可解さを募らせた。GKは20歳の梅田透吾、昨季途中に加入した大久保択生らが出場機会を得ているが、大量失点の現状にファンからは「ネト待望論」が止まらない。クラブ公式インスタグラムでは、練習参加するネトの写真も定期的にアップされているため、写真が投稿されるたびに「ネトを試合で見せてくれ」「ヴォルピ出してくれお願いだから」と悲鳴に近いコメントが寄せられる。

清水エスパルスはもともと資金が潤沢なクラブではなく、次から次へと高年俸選手を獲得することは難しい。一方で活躍した主力が翌シーズンに他クラブへ移籍してしまうことも少なくない。現有戦力のパフォーマンスを最大限に引き出すことが求められるクラブにあって、戦術に合った選手を新たに獲得したかったであろうクラモフスキー監督と、そう簡単に監督が希望する選手を取れないフロントの間で、思惑が合致しなかった事実は否めない。

大熊清GMはクラモフスキー監督の契約解除を発表した場で、同監督のサッカーを目指すにあたって「個人技術がついていかなかった」「選手のレベルを上げ、選手をそろえる必要があった」と述べている。戦術に合わせて選手を獲得するか、選手に合わせて戦術を採用するか、の2択で考えれば、横浜FMは前者のようなチーム作りができたとしても、清水には困難だった。

クラモフスキー氏も解任後、母国オーストラリアのメディア「ブリスベン・タイムズ」で、クラブ側が選手獲得に消極的だったことで不満が増したと明かされている。ポステコグルー監督と15年間をともにしてきたクラモフスキー氏を招聘するのであれば、清水はこのような齟齬が生じることは予想できたはずだが、それを見越したマネジメントはできていたのだろうか。

不透明な今後のビジョン

とはいえ、今回の清水でキャリア初の監督就任となったクラモフスキー氏も、随所に拙さがあった。たとえば試合中でいえば、ピッチサイドや飲水タイム中に監督から選手たちへ指示を飛ばすシーンは少なく、劣勢に立たされるとなすすべなく負ける試合が多かった。交代カードも狙いが読めず、試合中の修正力には現状長けていない。

システムも当初の4-3-3から、9月に一時3-5-2に切り替えたが、3バックのうちの2人は、本職をボランチとするへナトと六平光成がつとめている。最終ラインが安定せず、中盤のボール奪取やパス供給も減少。特にヘナトは攻守両面で最も重要な選手の1人なだけに、不慣れな3バックの一角に下がったことで、チーム全体にとってマイナスの影響は小さくなかった。過密日程で故障者が増える中でのやむを得ない起用だったと見られるが、当初のビジョンの実現に向け、監督としてどこまで現実的かつ計画的に対応してきたかは分からない。

先の通り横浜FMもポステコグルー監督1シーズン目は失点がかさみ、下位に沈んだ。清水も、従来のカウンターサッカーから攻撃的なサッカーへ大胆な変革を期待するのであれば、2シーズンは必要だっただろう。今季は新型コロナウイルスの影響で降格がない。サポーターの反発は免れないが、長期的にみて礎を築く年と割り切ることも可能であった。実際、9月に7連敗した時でさえ監督退任はなかったが、11月の今季残り9試合というタイミングで契約解除。清水は昨オフ、社長(プロ野球・千葉ロッテマリーンズの山室晋也前社長が就任)、GM、監督が一斉に交代し、クラブの刷新を印象づけたが、早々に一角が崩れてしまった。

監督との契約解除の説明こそ大熊GMが行ったが、昨季までのGMは大榎克己・現強化部長。クラモフスキー氏招聘にも大きく関わったはずの立場だが、ポストを離れたことで任命責任が曖昧になっていることも、サポーターがフロントに不信感を抱く要因となっている。ツイッターなどのインターネット上では「クラモフさんを連れてきたのは大熊さんでは無いし前任者である大榎のはずなのになんで何もコメント出さないのかね」「モフモフさんは未経験の監督。フォローするような人事がなかったのもクラブの対応が酷い」などと批判がやまない。

直近は2連敗と苦しんでいるものの、平岡監督就任直後の11月の成績は5戦3勝2分けと、早くもクラモフスキー監督が指揮した25節までの勝利数と並んだ結果を残した。また、クラモフスキー監督の目指したサッカーを継承しながら「守備を整理したい」としており、勝った3試合は1失点で抑えている。王者・フロンターレを相手にも2-2のドローという結果を残し、来シーズンに向けて期待が持てる戦いを見せた。負けたコンサドーレ札幌戦は大量5失点(1得点)を喫し、安定するまでにまだ時間はかかるものの、10月以前に比べて結果を出しているのは確かだ。

ただ、平岡監督の就任は内部昇格だったうえ、任期は今季終了まで。将来的なビジョンをもった抜擢とはいえない緊急措置だった。今季このまま上り調子だったとしても、来季にどれだけ積み上げが残るかは不透明だ。改革を掲げる清水のフロント陣は、クラモフスキー監督との決裂、同監督のサッカーを継承しながら修正しつつある平岡監督のチーム作りを、今後どう生かしていくのか。


VictorySportsNews編集部