昨年12月20日。「ミスターセレッソ」の愛称で知られる森島寛晃社長(48)は、クラブのYouTube公式チャンネルで監督交代の経緯を説明した。

「ロティーナ監督の続投も含め、さまざまな監督を比較し、検討した結果、若手を積極的に起用していたクルピ監督にチームを任せる決断をした。トップチームで戦える選手をクラブとして育成することを目指してきた。ただ、ここ数年は、トップチームで活躍する選手や、海外に行って活躍する選手をなかなか輩出しておらず、今まで築き上げてきたことをベースに育成の体制を変えることを決断した。トップチームとアカデミーの連携を強化し、育成セレッソの構築を図りたい」

 つまり、育成型クラブへ戻すことが最大の理由だと言っている。森島社長は「ここ2、3年、クラブは財政面で非常に厳しい状態」とも明かした。新型コロナウイルスの影響が、さらに拍車を掛けている。世界に通用する選手を育ててトップチームへ送り込み、その先の海外移籍で手にできる移籍金によってクラブ運営の安定化を図るという狙いだ。川崎や名古屋で独自の技術論を落とし込んだ風間八宏氏をアカデミーの技術委員長に招いたのも、クラブが掲げた育成の観点からすればうなずける。

「密約」

 だが、森島社長は昨季が始まる時点でロティーナ氏と契約更新をする意思はなかったようだ。実は、それを裏付けるやり取りがある。ここで大久保が登場する。クラブ幹部は2019年シーズン終了後に、当時磐田を退団した大久保の獲得を画策。しかし、ロティーナ氏の構想外であったため、実現には至らなかった。複数の関係者の話をまとめると、この時に森島社長は大久保に対し、次のような趣旨の言葉を伝えたという。

「来年は必ず戻す。だから、この1年は他のチームで頑張ってほしい」

 結果、大久保は東京ヴェルディへ移籍。18年ぶりとなったJ2の舞台で1シーズンプレーし、1月に入って「密約」通りにセレッソへの復帰が正式に発表された。ちなみに、大久保の代理人は森島氏の現役時代の盟友、西沢明訓氏(44)だ。大久保はクラブを通じて、次のように決意を示している。

「再び、セレッソ大阪のユニフォームを着て戦えることを嬉しく思っている。プロ21年目のシーズン、サッカー選手としての終わりを意識していないといったら嘘になる。だからこそ感じること、見えることもあると思っている。自分の選手生活の最後は”セレッソ大阪”でという気持ちで頑張ってきた。そして、その気持ちを理解してくれたクラブに感謝している。しかし、ピッチに立てばチームの勝利のために全力を尽くす。それは変わりはない。1試合、1試合、1日、1日、覚悟をもって挑んでいきたい」

進められていた準備

 今になってクラブの動きを振り返ると、ロティーナ氏退任に向けた準備は、着々と進められていたと考えていい。19年12月。ロティーナ氏招へいに尽力した当時のチーム統括部長だった大熊清氏(56)の契約満了による退団を決め、代わってクラブOBの梶野智氏(55)が復帰した。「大熊氏の退団は、決して円満ではなかった」と語る関係者もいる。以来、監督人事については、森島、梶野両氏だけで、進めてきたとされる。実際、11月にスクープされたロティーナ氏の退任を、その報道で初めて知ったというクラブ関係者は少なくなかった。背景には、前任者である大熊氏の「色」を排除したい意向も森島、梶野両氏にはあったのだろう。

 だが、これに対するセレッソサポーターの反発はすさまじかった。ホーム、ヤンマースタジアム長居のゴール裏には、「ロティーナと天皇杯を獲得して俺達の強さを証明しよう。フロントは12/12までに納得のいく説明を」「ロティーナとの再契約希望」「その改革にブレない信念はあるのか」などといった横断幕がずらりと並んだ。前段の森島社長のYouTubeによる説明に対しても、「迷走している」「ロティーナでも若手は育成できた」など批判の声は止まなかった。チームは、昨季の残り3試合で2分け1敗と失速してシーズンを終えたが、クラブ史上最高の2位を狙える可能性もあっただけに、他クラブのある関係者は「セレッソ幹部は、逆に4位で終わって胸をなで下ろしているんじゃない」と皮肉交じり言った。

 セレッソは2018年シーズンにも監督人事絡みで揺れた経緯がある。当時の尹晶煥監督を続投させるか、冷遇されていた柿谷曜一朗を生かしたチームづくりをするかという選択で、クラブは最終的に後者を選択した。実際にその夏、柿谷は当時クルピ氏が率いたガンバ大阪への「禁断の移籍」を決断したが、セレッソ側による直前の説得で翻意。一方で、尹氏を慕っていた生え抜きの山口蛍はその冬に、神戸へと去っていった。

 セレッソは、今オフにクルピ氏の教え子でもある香川真司に復帰要請したことを明かしたが、その願いもむなしく断られ、肝心の柿谷は名古屋へ移籍してしまった。かつて森島社長や香川も背負ったクラブ伝統のエースナンバー「8」は空いたまま。新たな船出で、クラブが目指す成長の土台を築けるのか、あるいは迷走が続くのか。ファンは今季の戦いに厳しい目を向けている。


VictorySportsNews編集部