「いい感覚で(メジャーに)帰って来られて非常にワクワクしています。少しの楽しみと緊張もありますが、その中でどういうプレーをできるか、自分にはすごく期待しています」

 入団記者会見で口にした手応えが、決して漠然としたものではないことを、日本のスラッガーはすぐに証明した。

 会見当日に行われた16日のドジャース戦。代打で九回に初出場を果たすと、名刺代わりの左翼線二塁打を放った。さらに、20日のカージナルス戦では九回に代打で出場し、移籍後初本塁打となる今季1号のソロをマーク。3試合目の先発出場となった21日の同戦で自身メジャー初の2戦連発となる2ラン、本拠地初出場だった23日のダイヤモンドバックス戦では代打で3号ソロ、26日のカージナルス戦では4号と立て続けに自慢の長打力を発揮した。26日の一発は代打での3打数連続弾で、これは1978年のリー・レイシー(ドジャース、四球挟む)、79年のデル・アンサー(フィリーズ、3打席連続)に続くメジャー史上3人目の快挙にもなった。そして29日(日本時間30日)に行われたカージナルス戦では2点差の9回に打席に立つと、サヨナラ3ランを放つなど輝きを増している。

 “突然”の覚醒。メジャーの華々しい舞台だけを見ていると、そう思えるかもしれない。しかし、それは真実ではない。今年5月、レイズの40人枠から外れて事実上の戦力外になり、ドジャースに移籍した筒香。新天地では打撃コーチらとともに映像分析も取り入れ、レイズで崩し、ゴロアウトを量産する結果になっていたスイングをゼロから作り直したという。

 ドジャースでは6月に右ふくらはぎの張りで負傷者リスト(IL)入りしたこともあり、ほとんど出番がないまま7月7日に40人枠から外され、傘下マイナーの3Aオクラホマシティーでプレーを続けることになった。そこでも地道にスイング改良を継続。徐々に持ち味である左方向への飛球が増えてくると、比例して結果も出るようになった。3Aで43試合に出場し、打率.257、10本塁打、32打点。7月以降は打率.317、7本塁打と着実に復調気配を見せていた。

 その先にあるのが、今の活躍。21日の試合では救援左腕カブレラの97.7マイル(約157キロ)のボールを左中間へ運んで適時打とするなど、「苦手」というレッテルを貼られていた95マイル(約153キロ)以上の速球への対応にも大きな進歩を見せている。

どんな状況にも腐らず、地道に努力を続ける

 思えば、筒香は日本のプロ野球でも、頭角を現すまでに一定の時間を要している。横浜高出身のスラッガーとして大きな期待を受けて2010年にドラフト1位でDeNAに入団。プロ3年目の12年に初めて100試合を超える108試合に出場し、10本塁打を放ったものの、翌年は23試合の出場にとどまるなど低迷し、22本塁打を放って実力の片鱗を示したのは5年目の14年だった。

 もちろん高卒で5年目に花開いたなら十分に順調なステップと言える。ただ、筒香と同じく7年目で初のシーズン40本塁打をマークした松井秀喜は1年目から2桁本塁打を達成し、2年目に20発に到達しており、その後の成績を考えれば少しの“回り道”があったのは事実。実際、DeNAの球団内ではオリックスの有力野手とのトレード案が浮上したこともあるほど。もちろん、その潜在能力を評価する声は多く、交渉が具体化することこそなかったが、それだけチームでも、気をもむ時期があったということだ。

 逆に、筒香にはどんな状況にも腐らず、地道に努力を続けられるという長所があるとも言える。今回経験した2カ月半のマイナー生活では、宿泊するホテルや食事などで大きな格差を感じることとなったが、「つらい」という感覚はなかったという。肉や野菜をバランス良く取れるメキシカンのファーストフード店「チポレ」を気に入り、愛用するなど、厳しい環境にも極度のストレスを感じることなく対応できるメンタルの強さを発揮した。

 移籍を実現させた代理人ら周囲のスタッフが、筒香の思いを共有できていることも、今回の成功につながっている。パイレーツは今季3球団目の所属チーム。メジャーに移籍した日本選手としては、異例な形での挑戦といえる。しかし、筒香は入団会見で米メディアに「日本に戻ってプレーする気持ちはなかったのか」と質問されると、「アメリカにプレーしに来ているので、日本に(復帰する)という思いはなかったです」と即答した。

 8月14日に3Aオクラホマシティーから契約を解除されたとの一報が流れると、パイレーツとの合意をスクープしたサンケイスポーツを除く日本の各メディアは古巣DeNAを筆頭候補に日本復帰の可能性をこぞって伝えた。しかし、筒香の頭にその選択肢は最初からなかった。ドジャースではけが人が続々と復帰して、いくら3Aで活躍しても今季中のメジャー復帰がかなう可能性はほぼ断たれていた。そんな中、代理人契約を結ぶ事務所ワッサーマンのジョエル・ウルフ氏は、筒香の意を汲んで奔走。ナ・リーグ中地区最下位に低迷し、攻撃力に課題を持つパイレーツに白羽の矢を立てた。

 米スポーツ界屈指の敏腕代理人と評価されるウルフ氏は「契約後の選手のケア」を重視する人物でもある。関係者によると、ドジャースとは状況次第で筒香を自由契約にし、他球団と交渉する時間を与えるとの合意を事前にしていたという。今季の年俸はレイズがほとんどを負担するため、経済的なリスクも少ないという状況も活かし、即時のメジャー契約を引き出す辺りは、まさに慧眼と言える。

 「彼は自分を良く知っているし、準備の仕方もよく心得ている」とはパイレーツ、デレク・シェルトン監督の筒香評だ。地道に積み上げ、世界最高峰の舞台で成功をつかむ。筒香は、そんな日本選手の新たなストーリーを、米国で見せようとしている。


VictorySportsNews編集部