文=内田暁
キャリアハイの勝ち星にも満足できない
「自分で言うのもなんですが、次に4位、3位に入っていける能力はあると思います」
2016年を年間最終ランキング5位で終えたとき、錦織圭はことさら気色ばむでもなく、ごく自然に、そう口にした。58勝21敗のシーズン戦績は、彼のキャリアにおいて最も多い勝ち星。それどころか試合数という意味では、年間最終ランキング2位のノバク・ジョコビッチや3位のミロシュ・ラオニッチ、4位のスタン・ワウリンカらをも上回る。これらの数字は錦織が、これまで課題とされてきたフィジカルの強化を果たし、一年を通じ安定した戦績を残してきたことを何より顕著に表していた。
「試合数はもちろん重要ですし、一番勝った年と言うのは、大きな意味があります」。
当の錦織本人も、この58勝21敗という戦績に対して、一定の評価を自身に与える。ただし彼は、そのことのみでは満足できないとでも言うかのように、こう続けた。
「ただ大切なのは、大きな大会でどれだけ勝てるか。今年はマスターズ決勝に行けたり、USオープンでベスト4に入ったりした。そういうのが徐々に増えてこないといけないです」。
錦織が言うように、2016年シーズンの彼はATPマスターズ1000で2度の決勝進出を果たしている。その決勝ではいずれも敗れはしたが、戦った相手は当時男子テニス界を席巻し、敵う者のいなかったジョコビッチ。このマスターズ決勝2試合を含め、昨年の錦織はジョコビッチと6度の対戦を重ねている。しかも、そのうち4試合はジョコビッチが9大会に出て、わずか3敗(内1敗はアクシデントによる途中棄権)しか喫しなかった6月までの間に対戦したものだ。ちなみにジョコビッチにとっても錦織は、2016年シーズンで最も多く対戦した相手であった。
年間最多だったジョコビッチとの対戦数の多さとは、錦織がいかに下位選手に敗れることなく、常にトーナメントの上位まで勝ち進んだかを示すものだ。その中でも特筆すべきは、トーナメントの初戦敗退が一度もなかったこと。これはジョコビッチやラオニッチ、ワウリンカたちにも成せなかった、隠れがちな快挙である。
同時にグランドスラムでは、全豪ベスト8、全仏とウィンブルドンは4回戦(ウィンブルドンは4回戦途中棄権)、全米ベスト4で2016年を終えており、これらは自分より上位、もしくは同等ランクの選手をなかなか破れなかった結果でもある。昨年の錦織の“対トップ10戦績”は5勝13敗。この13敗の大半はジョコビッチとマリーに敗れた計9敗ではあるが、対トップ10の勝利数としてもラオニッチやマリン・チリッチら同世代のライバルたちの後塵を拝した。
錦織本人が語る今シーズンの課題
これらの結果を本人も認識し、重く捕らえてのことだろう。彼は2016年を振り返り、自分の成長点と課題を次のように語っている。
「年を重ねるごとに、どんどんテニスが安定してきている。ショットの確率が上がり、アンフォーストエラー(自分のミスで相手にポイントを与えるプレー)が減っているのが一番大きいと思います。そのうえでこれからは一層、試合中にアップダウンが出ないように集中するべき場面を見極められなくてはいけない。ブレークポイントをしっかり取れるようになったり……そこが一番、今必要なところだと思う。もちろんサーブなど、技術的にまだまだ改善しなくてはいけないところはありますが、一番はメンタル面だと思います」。
この本人が掲げる「集中すべき場面を見極める」の課題は、やや矛盾をはらんでいるように聞こえるかもしれない。錦織が“フルセットの勝率歴代1位”であることはファンの間では有名な話であり、ブレークポイント阻止率やタイブレーク勝率などから算出された“プレッシャーに強い選手”ランキングでも、錦織は3位につけているからだ。ただ錦織の頭にひっかかっているのは、マリーにフルセットで敗れた2つの敗戦や、5月のローマ・マスターズで、ジョコビッチ相手に最終セットタイブレークまでもつれこみながら破れた試合などだろう。特に11月のATPツアー最終戦のマリー戦では、11本あったブレークポイントを2本しかものにできなかった点や、試合を通じ犯した6つのダブルフォルトが反省点として残った。また昨シーズンの錦織は、ブレークポイントを握られた際に16本のダブルフォルトを犯している。これは2015年の7本と比べても多い数字だ。ちなみに先述した“プレッシャーに強い選手ランキング”において、錦織の上に座するのはジョコビッチ、そしてマリーである。
見上げれば、上にはわずか4人しかいない地位で2016年を終えながら、それでも彼はなお、より上に至れる可能性を感じていると言った。重要な局面のその中でも、より極致的な数ポイント、あるいはわずか数センチで命運が決する……そのような勝負のあやの境地まで、今の錦織は至っている。