文=善理俊哉

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ワタナベボクシングジムの末っ子・田口良一

 2016年の初めには、WBA世界ライトフライ級王者・田口良一のほかに、内山高志がWBA世界スーパーフェザー級スーパー王者、河野公平がWBA世界スーパーフライ級王者として君臨し、思えば3者は3兄弟のようなキャラ構成となっていた。最年長の内山が長男のように日ごろの練習から手本の姿勢を示し、河野は次男のように個性は薄いが、アメリカで亀田興毅との因縁マッチをくぐり抜けるなど、要所要所でそのタフネスぶりを光らせた。そして、田口はまるで末っ子。「怪物」井上尚弥との日本タイトルマッチが注目を集めた際も、喫茶店でアルバイトをしている日常が大学生のように見え、「ボクシング王者の豪快なイメージとのギャップ」が特徴となった。この田口に、内山が開拓したさまざまなものを受け継ぐことができるのだろうか。

 所属先の渡辺均会長は、近況を「内山は練習を再開し、河野はロードワークを続けているが、どちらも“とりあえず”で進退は全くの未定。だからといって田口にすべてを託す方針も考えていない」と話した。一方で田口については、いまだに守りに入らない勝負度胸を持っているとも評す。
「日本タイトルを取るまでに苦労した選手でしたが、ようやくタイトルを取った控え室で、井上選手との試合を即決したんです。それ以前にスパーリングで倒されたことがあったのですが……」
 田口はその倒された経験も糧にした。
「井上君が強い一因に“出稽古の繰り返し”があると感じたんです。これは敵地に乗り込む繰り返しのようで、実際にやってみると自分が成長していくのがわかります。精神面だけではなく、技術面もです」(田口)

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「自分がリーダーにならなきゃいけない流れ」

 2013年8月に行われた井上との対戦結果は、判定負けで井上に日本ライトフライ級のタイトルを明け渡したが、不利予想を覆す善戦が評価され渡辺会長は田口の世界戦を組む足がかりを得た。その後2014年末に世界王座を奪取してから、田口が記者会見で口にする言葉は一貫している。
「激しい試合をしたい」
6度の世界戦で奪ったノックダウンは12回と多い。しかし、本人は「仕留めきれていない悪い数字」とも見ている。だが、少なからずこの男の気の強さがうかがえる数字でもある。

 また、担当トレーナーである石原雄太氏は、田口が練習中に以前より手本の姿勢を見せるようになったと感じていた。
「いろいろと指示するタイプではないですが、年下の選手に背中で見せるようなことをしているのがわかりますし、追う選手も出てきています。誰とでも戦おうとする姿勢も後輩の刺激になっていますね」

 田口自身は、ジムの看板を背負うことを覚悟していた。
「できるかどうかは別として、自分がリーダーにならなきゃいけない流れは感じています。去年メインイベントでの防衛戦で勝ったときには、内山さんが“ちゃんとできていて安心した”って言ってくれました。本当は子ども扱いを早く卒業したいってずっと思っていたんですけど、今は周りのイメージにも応えながら、自分の内面を成長させていきたいと思っています」
 なるほど。どれだけのものを背負えるかは先の話として、田口が大物への成長を始めているのは間違いなさそうだ。


善理俊哉(せり・しゅんや)

1981年埼玉県生まれ。中央大学在学中からライター活動始め、 ボクシングを中心に格闘技全般、五輪スポーツのほかに、海外渡航を生かした外国文化などを主に執筆。井上尚弥と父・真吾氏の自伝『真っすぐに生きる。』(扶桑社)を企画・構成。過去の連載には『GONG格闘技』(イースト・プレス社)での『村田諒太、黄金の問題児』などがある。